医師の労働問題【使用者側弁護士が徹底解説】
- 医師から残業代を請求されている
- 問題が多い医師を解雇したい
- 医師の働き方改革を進めたい
- 良い医師を採用したい
当事務所の企業法務部には、このような医師の労働問題に関して、数多くのご相談が寄せられています。
医師の労働問題には共通した傾向が見受けられます。
ここでは、労働法令に精通した弁護士が医師の労働問題について、わかりやすく解説します。
医師に労働基準法は適用される?
「医師が労働者」と言われると、違和感を感じる方が多いかと思います。
医師は、医療に関する専門的な知識、技術を用いて、人の命や健康を守るという、プロフェッショナルな職業です。
また、医師は、一般的には所得や社会的な地位も高いといえます。
そのため、「一般的な労働者とは違う」という感覚は当然だと思います。
では、医師は、労働基準法等の労働法令に規定する「労働者」に該当するのでしょうか。
仮に、労基法等の労働者に該当するとすれば、法定の労働時間を超える時間労働を行った場合、残業代(時間外・深夜・休日割増手当)を支給しなければなりません。
また、解雇事由がないのに契約を解除すると、不当解雇となる可能性があります。
そこで、医師が労基法等の「労働者」に該当するか否かは重要な問題となります。
一般に、労基法等の「労働者」に該当するためには、次の2つの要件(使用者従属性の要件)を満たす必要があると言われています。
- 使用者の指揮監督下において労務を提供する者であること
- 労務に対する対償を支払われる者であること
また、契約の形式(雇用、委任、請負、業務委託等の文言)や採用に至った経緯等も補強要素として考慮されることになると考えられます。
医師の労働者性については、個別具体的な状況に照らして、使用者従属性の要件に該当するか否かを判断することとなりますが、少なくとも、一般的な勤務医や研修医は、労働者に該当する可能性が高いと思われます。
したがって、以下においては、医師が労働者に該当することを前提として解説します。
医師の賃金によくある7つの誤解
①年棒制は残業代を支払う必要がない?
医師を採用する場合、年俸制で採用する病院等が多く見受けられます。
年俸制とは、例えば、「年俸1200万円」などのように、賃金の支払額を年単位で決める制度をいい、医師やスポーツ選手など、高所得者によく見られる契約形態です。
多くの企業から「年俸制を採用しているから残業代は支払わなくてよいのでは?」との相談を受けますが、これは完全な誤りです。
年俸制は、賃金の額を年単位で決定するという意味しか持たず、それ自体に時間外労働等の割増賃金を免れさせる効果はありません。
年俸制の場合、使用者は、年俸制なので残業代を支払わなくてよいものと誤解して、その分年俸を高く設定していることが多くあります。
この場合、高額な給与を支給していることから、時間外割増賃金等を計算するときの基礎賃金も高額になってしまい、残業代を請求されると、未払い賃金が莫大な額になる傾向です。
したがって、年俸制を採用している事業主の方は注意する必要があります。
なお、年俸制について、くわしくはこちらのページをごらんください。
②当直(夜勤)の残業代の計算方法
多くの病院では、夜間の急患などに対応するため、当直勤務を設けています。
この場合、時間外割増賃金や深夜割増賃金を支払っていない、または法律の定めよりも少なく支払っている、という病院が多く見受けられます。
具体例 9時から18時までの日勤(休憩1時間)に加え、18時から翌朝9時までの夜勤を行った場合
1ヶ月の基礎賃金が125万円の医師
月の所定労働時間が173時間
夜勤の場合、日勤と異なり、常に忙しいという状況ではなく、急患の診療や夜間の手術等にだけ対応するということがあります。
夜勤の医師は、急患等に対応する場合を除いて、当直室でテレビを見たり、シャワーを浴びたり、眠っていてもよく、基本的には自由に過ごしているという状況です。
このような場合、夜勤の医師に対して、法定の時間外割増賃金等が支払われていないことがあります。
又は、一定の当直手当を支給しているものの適切な額に満たないなどの例をもあります。
このケースの場合、割増賃金の基礎単価(1時間あたりの賃金)は、7225円となります。
18時までの日勤に引き続き、夜勤を行っており、18時から翌朝9時までの勤務は時間外労働となる可能性があります。
また、22時から翌朝5時までは深夜割増賃金を支払わなければならない可能性があります。
時間外割増賃金 7225円 ☓ 1.25 ☓ 15時間(18時から翌朝9時までの勤務)= 13万5469円
深夜割増賃金 7225円 ☓ 0.25 ☓ 7時間(22時から翌朝5時までの勤務) = 1万2644円
したがって、このケースでは1回の夜勤に対して、14万8113円を支払わなければならないこととなります。
※法定時間外労働は1ヶ月あたり60時間を超えておらず、就業規則等において法令と異なる計算方法を規定していない場合を想定。
このように、医師の当直勤務は、もともと基礎賃金が高額なため、時間外割増賃金等も高額になるケースが多いので注意が必要です。
医師の当直・夜勤は断続的労働となる?
労働密度が薄い病院での当直勤務については、労基法の監視・断続的労働の規定により、行政官庁の許可を受けることで、夜勤の時間について、労働時間規制の適用を除外するという対策が考えられます(労基法41条3号)。
もっとも、監視・断続的労働の規定は、本来は常態として、監視・断続的労働に従事する者を対象としています。
例えば、マンションの管理人やビルの警備員などです。
平常勤務者が平常勤務のかたわら従事する断続的労働である宿・日直については、許可手続きがとくに規定されており(労基法規則23条)、通達によって、許可の基準が示さされています。
病院の宿直についても、許可の基準が通達で示されており(平成11年3月31日基発168号)、その基準で判断した次の裁判例が参考となります。
判例 医師の宿日直勤務についての裁判例
この裁判では、医師の宿日直勤務について、以下の行政の基準(通達)で判断しています。しかし、具体的事情を認定した上で、この事案において、宿日直勤務は断続的労働に該当しないと判断し、本来であれば労働基準監督署長の許可は取り消されるべきものであったとして、医師の残業代請求を認めています。この裁判例からは、仮に、断続的労働の許可を受けていたとしても、実態が当該基準と異なる場合、残業代の請求が認められると考えられます。
【奈良県事件大阪高裁平成24年11月16日】
通達の全文は長文となるので、以下はそのポイントのみを抽出したものです。
なお、原文は「看護婦」ですが、「看護師」と表記しています。
★医師、看護師等の宿直:平成11年3月31日基発168号
(1)通常の勤務時間の拘束から完全に解放された後のものであること。
(2)病室の定期巡回、異常患者の医師への報告あるいは少数の要注意患者の定時検脈、検温等特殊の措置を要しない軽度の、又は短時間の業務に限ること。
したがって、次に掲げるような昼間と同態様の業務は含まない。
突発的な事故による応急患者の診療又は入院、患者の死亡、出産等があり、或いは医師が看護師等に予め命に応じた処置を行わしめる業務。
※宿直の許可が与えられた場合、上記の業務に従事することがあっても、睡眠が充分に取りうるものである限り宿直の許可を取り消すことなく、労基法所定の時間外労働の手続をとらしめ、割増賃金を支払わしめるとりあつかいをすること。
(3)夜間に充分睡眠が取りうること。
(4)上記以外に一般の宿直の許可の際の条件※を満たしていること。
※一般の宿直の許可の際の条件(昭和63年3月14日基発150号)
・原則として宿直勤務は週1回まで、日直勤務は月1回までであること。
・相当の睡眠設備の設置を条件とするものであること。
★医師と看護師の宿日直手当:昭和33年2月13日基発90号
(5)宿直者の平均日額給与の3分の1以上の宿日直手当を支給すること。
通達は法律とは異なり、あくまで行政解釈であって、裁判所を拘束するものではありません。
しかし、奈良県事件判決のように、仮に、裁判所が上記の行政基準を前提とした判断を行った場合、断続的労働に該当しないと認定される可能性があります。
したがって、断続的労働の採用は、慎重に判断すべきです。
③宅直・オンコール待機は労働時間ではない?
病院によっては、医師が所定労働時間外に、自宅等で待機し、病院からの呼び出しがあれば、一定時間内に病院に駆けつけることができるようにするという体制をとっていることがあります。
いわゆる「宅直」や「オンコール当番」などと呼ばれる勤務です。
夜勤以上に自由度が高いため、多くの病院では、待機している時間について、労働時間ではないという認識を持たれていると思います。
しかし、宅直・オンコールであっても、当該勤務が使用者の業務命令に基づくものであり、指揮命令下にあるといえる場合、労働時間に該当する可能性があるため注意が必要です。
宅直・オンコールについては、前掲の裁判例が参考となります。
判例 宅直・オンコール待機に関しての裁判例
この裁判において、大阪高裁は、以下の理由から宅直・オンコール待機に関して、労働時間ではないと判断しています。
【奈良県事件大阪高裁平成24年11月16日】
「以上の実情に、前記(1)で認定した宅直制度の運用の実態(a病院に宅直に関する規定はなく、宅直当番医は産婦人科医の自主的な話し合いによって定まり、宅直当番医間でのいわば自主協定であり、宅直当番医名が病院に報告されることもなく、宿日直の助産婦や看護師にも知らされていない。)、a病院の産婦人科医師(5人)が宅直で病院に呼び出される回数は、平成16年、平成17年当時も、年間6~7回位程度にすぎなかったこと(前記(1)ア)を併せかんがみると、a病院における宅直制度は、上記のような、宿日直担当医以外の全ての産婦人科の医師全員が連日にわたって応援要請を受ける可能性があるという過大な負担を避けるため、a病院の産婦人科医(5人)が、そのプロフェッションの意識に基づいて、当該緊急の措置要請(応援要請)を拒否することなく受けることを前提として、その受ける医師を予め定めたものであり、同制度はa病院の産婦人科医らの自主的な取組みと認めざるを得ない。」
奈良県事件は、医師の宿日直勤務のほか、宅直についても労働時間が争点となりました。
宅直については、労働時間とならないと判断しましたが、それは上記のような事実関係を踏まえてのものです。
宅直が病院からの業務命令に基づくものであれば、労働時間に該当する可能性があるため注意が必要です。
④シフト勤務の注意点
病院では、夜間や早朝にも患者に対応する必要があるため、シフト勤務を採用している事業所が多くあります。
シフト勤務の場合、夜勤などに対応するため法定労働時間(1日8時間)を超える勤務がある事業所が多数です。
このような場合、変形労働時間制を採用すると、一定期間の中で変形して所定労働時間を設定することが認められています。
そのため、変形労働時間制を採用している医療機関は多いと思われます。
ところが、変形労働時間制を採用している病院の中には、法定の要件を満たしていなかったり、医師を対象としていなかったりする例が見受けられます。
このようなケースでは、変形労働時間制を採用しているつもりでも、適用されないこととなるため、未払い賃金が発生している可能性が高く、注意が必要です。
変形労働時間制について、くわしくはこちらのページをごらんください。
⑤医師の固定残業制の注意点
医師を採用する際、基本給に残業代を含むものとして採用する病院は多くあります。
これは、医師は通常激務であって長時間労働が当然である、医師の給与は高額なため残業代を別途支給する必要がない、などの考えが背景にあるようです。
しかし、固定残業制が法的に有効と認められる要件は厳しく、多くの事業所において、労基法に違反している可能性があります。
「割増賃金として法所定の額が支払われているか否かを判定できるように、通常の労働時間の賃金部分と割増賃金相当部分とを区別できるようにすること」が必要であると考えられています(東和システム事件・東京高判平成21年12月25日労判998号5頁など)。
いわゆる明確区分性の要件といわれるものですが、多くの病院において、その要件の必要性を認識していない、又は、認識していても誤解している、という傾向があるので注意が必要です。
固定残業制については、こちらのページをごらんください。
⑥研修会、始業時刻前の清掃・朝礼等は労働時間ではない?
病院は、医療という高度に専門的なサービスを提供する機関です。
そのため、医師・看護師、その他専門職に対して、研修会等を開催している事業所が多く存在します。
また、始業時刻の前に、職員が清掃を行ったり、朝礼を実施したりする病院も多く存在します。
これらについて、「研修は研鑽のためだから労働時間ではない。」「清掃等は準備であって労働時間ではない。」などと考えている事業所が多く見受けられます。
しかし、これは誤解です。
労基法上の労働時間とは、判例は「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう」と判示しています(三菱重工業事件・最判平12.3.9等)。
⑦病院のアルバイト医師の問題 〜副業・兼業は注意が必要〜
日本では、欧米と比較して、もともと副業は一般的ではありませんでした。
しかし、近年、長時間労働の規制やダイバーシティ経営を背景として、副業を解禁する動きが加速しています。
病院等の医療機関においては、外部からアルバイト医師を採用したり、大学から医師を派遣してもらったり、などを行っている事業所は多く存在します。
今後は、もっと、副業・兼業の医師は増加すると思われます。
副業において、よくある誤解は労働時間の通算の問題です。
他の病院の医師をアルバイトとして採用した場合
例えば、他の病院の医師をアルバイトとして採用し、その医師が本業で8時間労働した後、自分の病院で3時間勤務した場合で考えてみましょう。
このケースで、多くの事業所は、時間外労働となる可能性があることを認識していません。
すなわち、労基法38条には、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と規定されています。
したがって、労働時間は11時間ということになります。
そして、8時間の法定労働時間を超えている3時間の部分については時間外労働となり、割増賃金を支払わなければなりません。
では、誰が割増賃金の負担をするのでしょうか。行政通達では、後から契約した会社が割増賃金の支払い義務を負うこととされています(昭和23・10・14基収 2117 号)。
後から契約する会社は、労働者がもともと就労している会社で何時間就労しているのかを把握した上で、労働契約をすることができるからです。
したがって、後から契約した病院は、割増賃金を負担しなければならない可能性があります。
副業・兼業が増加する中で、他病院で働く医師や職員を採用する場合、「労働時間の通算」を忘れないように注意して、労務管理を行う必要があります。
副業・兼業の問題点と対策については、こちらのページをごらんください。
医師を解雇できる?
医師を採用されている事業所からは次のような相談が多く寄せられています。
- 医師がセクハラ、パワハラを行っている
- 院長の業務命令・指示に従わない
- 病院内で不倫している
このような医師の問題行動がある場合、病院としては、当該医師との契約を解除したいと考えることがあります。
では、医師を解雇することができるでしょうか。
上述したように、医師であっても、労働法令上の「労働者」に該当する場合、解雇は制限されます。
- 客観的・合理的な理由の存在
- 社会通念上の相当性
この要件を満たさない場合には、解雇権を濫用したものと判断され、解雇が無効となります(労契法16条)。
解雇した後、不当解雇を理由に裁判を起こされ、仮に、解雇が無効と判断されると、当該医師は復職し、かつ、解雇されていた期間の給与を未払い賃金として、支払わなければならない可能性があります。
裁判は一般的に長期間を要します。
また、医師の給与が高額であることを考慮すると、未払い賃金の額は莫大な金額に上る可能性があります。
したがって、医師の解雇は慎重に判断しなければなりません。
解雇について、くわしくはこちらのページをごらんください。
医師の雇用契約書・就業規則の3つのポイント
労働トラブルを未然に防止するために、適切な雇用契約書や就業規則を整備することは極めて重要です。
ここでは、雇用契約書等のポイントについて、ご紹介します。
①医師用の就業規則を整備する
病院内には、医師の他に、事務職員、看護師、その他の専門職がいるのが通常です。
医師は、他の労働者と異なり、特に専門性が高く、また、待遇も良いため、一般の労働者とは異なる労働条件を適用するのが合理的です。
したがって、医師には医師のみに適用される就業規則や賃金規定を整備した方がよいでしょう。
就業規則については、くわしくはこちらのページをごらんください。
②残業代請求のリスクを回避する
医師は、一般的に残業代計算の基礎賃金が高額になるため、残業代を請求されると、病院側に大きな負担となります。
したがって、残業代の請求のリスクを回避するための就業規則や雇用契約書を作成するのがポイントとなります。
具体的な状況に応じて、適切な方法(※)を選択し、就業規則等を見直すことが重要です。
※例えば、固定残業制の適切な導入、裁量労働制の導入、変形労働時間制の採用、断続的労働の労基署への申請など
③契約形態や期間を明確にする
医師を採用する場合、雇用なのか、業務委託なのか、契約形態を明確にすべきです。
また、雇用の場合、前述したように、問題行動があった場合でも、解雇は難しいのが現状です。
そのため、雇用期間について、無期ではなく、有期で採用するという方法を検討してもよいでしょう。
例えば、半年や1年契約(更新あり)で採用すれば、問題行動があった場合、雇い止めをすることで、解雇の問題を回避することが可能です。
医師の働き方改革
近年、日本は、労働人口の減少や生産性の低さが問題視されています。
このような社会状況を背景として、働き方改革が国家戦略として打ち出され、労働基準法のほか、雇用対策法、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律等の法律が改正されています。
改正法の概要は、労働者がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を実現する働き方改革を総合的かつ継続的に推進するために、長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現、雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保等のための措置を講ずるというものです。
医師に関しては、長時間労働、医師の人手不足などの問題が指摘されています。
「患者のために医師に休息など無用」という思いで、心血を注ぐ医師の方は多いかと思われます。
しかし、法の規制によって、医療機関は対応を余儀なくされています。
また、「患者の健康や命を預かる医師が疲弊していては、より良い医療を提供できない。」という考え方もあります。
今後は医療の現場においても、積極的に働き方改革を進めていくことが必要です。
働き方改革について、くわしくはこちらのページをごらんください。
まとめ
以上、医師の労働問題について、解説しましたが、いかがだったでしょうか?
医師の労働問題に適切に対応し、トラブルを防止するためには、労働法令に関する専門知識や経験が必要です。
当事務所の企業法務部には、労働法令に精通した弁護士のみで構成される「労働事件チーム」があり、病院・クリニック等の医療機関をサポートしています。
顧問先の医療機関も多く、また、医師会等で労務問題の研修会講師を務めるなどの取り組みも行っています。
医師に関する労働問題については、当事務所までお気軽にご相談ください。
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