労働関係法令違反によって送検されるのはどのような場合ですか?
労働関係法令の違反によって、送検されるのはどのようなケースでしょうか?
労働時間や賃金不払いなどを繰り返し労基署から是正勧告を受けても放置しているような場合や、死亡事故や重大事故が発生した場合、法違反を故意に隠していたような場合には、送検される傾向にあります。
平成28年度地方労働行政運営方針
厚生労働省労働基準局では、毎年、地方労働行政運営方針を明らかにしており、その中で以下のケースについては司法処分されるべきとされています。
①賃金の不払いを繰り返したもの
②従業員に重大、又は悪質な賃金不払い残業(サービス残業)を行わせたもの
③偽装請負が関係する死亡災害等の重篤な労働災害が発生した場合
④外国人労働者(外国人技能実習生を含む)についての重大、又は悪質な労働基準関係法令違反があった場合
⑤いわゆる「労災かくし」(労働者死傷報告の不提出、虚偽報告)があった場合
労働局では、具体的な送検事例をホームページで公表しており、実際に、上記の事案に関して書類送検されている事案がありますので紹介します。
①賃金の不払いを繰り返し送検された事例 |
【送検事例】中央労働基準監督署平26.7.30
被疑会社は、主に経営誌の発行を業としているものであるが、労働者2名に対する平成25年3月16日から同年4月15日までの賃金総額20万14円を所定支払日である平成25年4月28日に全額支払わず、適用される東京都最低賃金額(1時間850円)以上の賃金を支払わなかった。 平成25年2月以降、複数の労働者から労基署に対し、「賃金が不払となっている」との申告がなされたことから、労基署においてその都度事実関係を確認の上、被疑会社に対し法違反を是正するよう文書での勧告等の行政指導を繰り返し行ってきたが、いずれも是正されることがなかった。 この事案について、労働基準監督署は、経営誌発行会社及び同社の代表取締役を最低賃金法違反で書類送検した。 |
②重大悪質なサービス残業の送検事例 |
【送検事例】大田労働基準監督署平27.3.31
被疑会社リネンサプライ業者は、平成25年2月1日から平成25年9月30日までの間、同社東京事業部所属の労働者1名に対し、法定の労働時間を延長して労働させながら、通常の労働時間の賃金の計算額の2割5分以上の率で計算した割増賃金計111万7439円を所定賃金支払日である毎月23日に支払わなかった。 大田労働基準監督署は、労働者の申告に基づき、被疑会社に対する複数回にわたる監督において、法定の労働時間を超えて労働させているにもかかわらず、割増賃金が未払いである実態を把握し、再三是正を求めていたが、法違反を解消しなかった。 この事案において、労働基準監督署は、リネンサプライ業者及び同社代表取締役専務を労働基準法違反の容疑で、平成27年3月31日、東京地方検察庁に書類送検した。 |
③偽装請負が関係する死亡災害の送検事例 |
【送検事例】東近江労働基準監督署平19.9.20
住宅設備機器の製造等を業とする会社の工場において、人材派遣会社の男性社員が、平成19年5月に、作業中に機械と支柱に挟まれ死亡した。 労働基準監督署は、この事案において、偽装請負であることを認定した上で、発注者である同社を労働安全衛生法違反で書類送検した。 この事案では、民事訴訟においても偽装請負が認定され発注者の会社に民事上の賠償責任が認められている。 |
④外国人労働者についての労働基準法令違反による送検事例 |
【送検事例】倉敷労働基準監督署平28.3.25
縫製業を営む会社は、外国人技能実習生の間で残業1日2時間、1カ月30時間、1年200時間とする36協定を締結していたが、最長で1週30時間、1日3時間40分の時間外労働を行わせた。また、約1年9カ月にわたり休日を月1日程度しか与えていなかった。 さらに、最低賃金を下回る賃金を支払い、残業代は1年目は400円、2年目以降は500円としていた。 上記の事案は実習生の相談で発覚したものである。 労基署は、縫製会社と同社の代表取締役を労基法32条違反などで地方検察庁に書類送検した。 |
⑤労災かくしの送検事例 |
【送検事例】江戸川労働基準監督署平27.4.28
被疑会社は、コンクリート型枠組立工事業を請け負う専門工事業者であるが、同社所属の建設作業員が、東京都江戸川区内の建築工事現場でコンクリート型枠の組み立て中、使用していた釘打機のロール釘の連結ワイヤーの破片が右目に突き刺さったことにより右目眼球破裂の怪我を負い、12日間休業した。 同社代表取締役は、江戸川労働基準監督署に労働者死傷病報告書を遅滞なく提出しなければならないのに、これを行わなかった。そのため、建設業者及び同社代表取締役を労働安全衛生法違反の容疑で東京地方検察庁に書類送検した。 |
司法処分をするか否かの考え方
労働基準監督署は、人の生命や健康は一度失われてしまうと取り返しがつかないので、人の生命・健康を脅かすような法違反に関しては、司法処分をする傾向にあります。
また、違反をあえて隠しているような場合、いわゆる「労災かくし」のような事案も厳しい姿勢で臨んでいるようです。
他方で、賃金の不払い(割増賃金も含む)に関しては、まず労働者の所得を確実にすることを優先させるために、早期に是正させるよう行政指導を先行させているようです。
労働時間関係についても同様に行政指導を先行させる傾向にあります。
もっとも、行政指導で是正を促しても改善されず法違反状態が放置されているような状態であれば司法処分されることになるでしょう。
ただ、長時間労働や賃金の未払いが発覚した時点で、その内容が重大に悪質であれば、行政指導をはさまずに司法処分される可能性もあるでしょう。
送検状況と裁判結果
違反条項別の送検状況
下記の表は、違反した条項とその送検の件数をまとめたものです。
労働基準法では、賃金の支払(労基法24条、最賃法4条)の違反が最も多くなっています。
また、平成26年の労働時間(労基法32条)の違反による送検数は39件でしたが、平成27年では79件と2倍以上増加しています。
近年の傾向としては、労働条件の明示(労基法15条)、割増賃金(同法37条)の違反による送検事例が増加傾向にありますが、これらの多くは労働者や第三者からの刑事告訴・告発が発端となっているようです。
送検事件状況(平成27年)
法 | 違反条文 | 件数 |
労働基準法 | 6条 中間搾取 | 12件 |
15条 労働条件の明示 | 17件 | |
20条 解雇の予告 | 8件 | |
24条 賃金の支払
(最低賃金法4条) |
214件 | |
32条 労働時間 | 79件 | |
37条 割増賃金 | 34件 | |
その他 | 38件 | |
小計 | 402件 | |
労働安全衛生法 | 14条 作業主任者 | 24件 |
20条 設備等 | 180件 | |
21条 作業方法 | 140件 | |
61条 就業制限 | 31件 | |
100条 報告等 | 114件 | |
その他 | 61件 | |
小計 | 550件 |
送検数と送検結果について
下表は送検数と送検結果をまとめたものです。
送検の総計は昭和25年と比べてそれほど変化はありませんが、起訴率が現在では大きく低下しています。労働基準監督官に送検されたとしても実際に起訴されているのは約40%程度です。
送検数及び送検結果の推移
年代 | 総計 | 起訴 | 不起訴 | 起訴率 |
昭和25年 | 960件 | 438件 | 317件 | 58% |
昭和60年 | 1328件 | 916件 | 396件 | 69.8% |
平成12年 | 1385件 | 482件 | 408件 | 54.2% |
平成20年 | 1227件 | 521件 | 550件 | 48.6% |
平成24年 | 1133件 | 366件 | 583件 | 38.6% |
平成25年 | 1043件 | 399件 | 615件 | 39.3% |
平成26年 | 1036件 | 410件 | 608件 | 40.3% |
平成27年 | 966件 | 404件 | 546件 | 42.5% |
裁判結果について
送検後に検察官が起訴するかどうか、起訴するとして正式裁判か略式裁判かを決定することになります。
正式手続きによる場合には、公判期日を設定して公開された法廷にて、冒頭手続き、証拠調べ、論告・弁論、判決という流れで裁判が行われます。略式手続の場合には、簡易裁判所で行われ、公判を開かずに書面審理で刑を言い渡すことになります。
下表をみて分かるように、現在ではほとんどが略式裁判で処理されています。
裁判結果の推移
年代 | 懲役 | 罰金(正式) | 罰金(略式) | 無罪 |
昭和25年 | 32件 | 116件 | 236件 | 5件 |
昭和60年 | 4件 | 2件 | 907件 | 0件 |
平成12年 | 0件 | 2件 | 471件 | 0件 |
平成20年 | 2件 | 11件 | 506件 | 0件 |
平成24年 | 2件 | 17件 | 346件 | 0件 |
平成25年 | 1件 | 3件 | 381件 | 0件 |
平成26年 | 2件 | 10件 | 395件 | 2件 |
平成27年 | 1件 | 3件 | 400件 | 0件 |
労働基準法や労働安全衛生法に違反した場合にも刑事罰が処せられる場合があります。
当事務所には企業側で労働問題に精通した弁護士や刑事事件に特化して活動している弁護士が在籍しておりますので、刑事処分に関してお困りの経営者の方はお気軽にご相談ください。