健康診断がない会社は違法?適正な健康診断の内容を解説
会社が従業員に健康診断を受けさせていないと違法となります。
会社は事業規模を問わず、雇入れ時や定期的に従業員に健康診断を受けさせる義務があり、これに違反すると50万円以下の罰金が科されます(労働安全衛生法120条1項)。
このページでは、健康診断における会社の義務、適正な健康診断の内容や従業員に受診を拒否された場合の対処法などについて、弁護士が解説いたします。
目次
健康診断は会社の義務であり罰則もある
労働安全衛生法は、会社に対して、自ら雇用する従業員に健康診断を実施しなければならないと規定しています(労働安全衛生法66条)。
これにより、会社は、従業員に対して健康診断の実施義務があります。
また、従業員に健康診断を受診させなかった場合の罰則として、会社に対して50万円以下の罰金が科されます(労働安全衛生法120条1項)。
健康診断の種類と検査項目
会社が実施しなければならない健康診断には、大きく分けて以下の2種類があります。
・定期的に行うこととされている一般健康診断
・有害業務に従事する授業員に対する特殊健康診断ないし歯科検診
一般健康診断には、従業員を雇い入れる際に行わなければならないものと年1回行わなければならないものがあります(労働安全衛生規則43条、44条)。
なお、深夜業などの特定業務従事者は年2回の健康診断が必要です。
健康診断を行わなければならない従業員(対象者)は、ストレスチェックの場合と同じく、期間の定めのない無期契約従業員、有期契約でも1年以上雇用することがみこまれる従業員及び更新により1年以上雇用されている従業員で、事業場の所定労働時間の4分の3以上の労働時間である者です。
また、これらの健康診断については、労働安全衛生法上、会社に義務づけられたものであることから、健康診断にかかる費用については、会社が負担しなければなりません。
実施した健康診断の結果については、遅滞なく従業員に通知しなければならず、その結果を会社は5年間保存しなければなりません。
雇入時の保存様式は下図のとおりです。
健康診断の実施や結果の本人通知については、事業場の規模を問わず、すべての会社に課された義務ですが、常時50人以上使用する事業者は、定期健康診断の結果を下図の書式で労基署に書面により報告しなければなりません(安衛法規則52条)。
一般健康診断と特殊健康診断は、以下の通りいくつかの種類に分けられます。
一般健康診断について
会社が実施すべき一般健康診断には6つの種類があります。
下表は対象者や実施時期をまとめたものです。
一般健康診断の種類 | 対象者 | 実施時期 |
---|---|---|
①雇入時の健康診断 | 全従業員 | 雇入れ時 |
②定期健康診断 | 全従業員 | 1年以内ごとに1回 |
③特定業務従事者の健康診断 | 深夜業、坑内労働等に従事する従業員 | 6ヶ月以内ごとに1回 |
④海外派遣労働者の健康診断 | 6ヶ月以上海外に派遣され従業員 | 派遣前と帰国後 |
⑤結核健康診断 | 結核のおそれがあると判断された従業員 | 判断されてから6ヶ月後 |
⑥給食実施者の検便 | 食堂または炊事場での給食業務に従事する者 | 雇入れ時 当該業務への配置替えの際 |
①雇入時の健康診断と②定期健康診断は従業員が1名以上いれば、すべての会社に該当します。
それぞれの健康診断の内容(検査項目)を見てみましょう。
雇入時の健康診断の内容
雇入れ時の健康診断については、下記の内容(検査項目)となります。
- 既往歴、業務歴の調査
- 自覚症状、他覚症状(所見)の有無の検査
- 身長、体重、腹囲、視力、聴力の検査
- 胸部X線検査
- 血圧測定
- 貧血検査
- 肝機能検査
- 血中脂質検査
- 血糖検査
- 尿検査(糖、蛋白)
- 心電図検査(安静時)
上記の検査項目は必須であり、省略はできません。
定期健康診断の内容
定期健康診断については、下記の内容(検査項目)となります。
定期健康診断の検査項目 | 省略できるもの※ |
---|---|
既往歴、業務歴の調査 | |
自覚症状、他覚症状(所見)の有無 | |
身長、体重、視力、腹囲、聴力 | 身長は20歳以上は省略できる |
胸部X線検査及び喀痰検査 | 胸部X線検査によって疾病の発見、結核発病のおそれがないと診断された者は喀痰検査を省略可 |
血圧測定 | |
貧血検査、肝機能検査、血中脂質検査、血糖検査、尿検査(糖、蛋白)、心電図検査(安静時) | ・35才未満の者および36~39才の者 ・尿中の糖の有無の検査:血糖検査実施時 |
※医師が必要ではないと認める場合に省略可
特殊健康診断について
対象となる業務
会社は、一定の有害な業務(下記)に従事する従業員に対し、特別な健康診断を行わなければなりません。
- 高気圧業務
- 放射線業務
- 除染等業務
- 特定化学物質業務
- アスベスト(石綿)業務
- 鉛業務
- 四アルキル鉛業務
- 有機溶剤業務
実施時期について
原則として、雇用時や配置替え時に実施します。
また、6か月以内ごとに1回の実施が必要となります。
会社の健康診断を受けないとどうなる?
上で説明したとおり、会社には健康診断を実施する義務がありますが、他方で、従業員も健康診断を受診する義務があります(同法66条5項)。
従業員が健康診断の受診義務に違反したとしても法律上の罰則はありません。
しかし、会社は健康診断を受診しない従業員に対して、就業規則に基づいて懲戒処分を行うことが可能と考えられます。
ただし、従業員は、原則として医師を自由に選択できます(同法66条5項但書)。
したがって、従業員がかかりつけの医師など、主治医による健康診断を希望した場合には、会社としては合理的な理由がない限り、この申し出に応じなければなりません。
ここで参考となる裁判例を紹介しましょう。
判例 ■愛知県教育委員会事件■(最一小判平成13年4月26日労判804号15頁)
教師(事案の概要)
中学校の教諭に対して、教育委員会が学校で開催する定期健康診断において、結核の有無を確認するためにエックス線検査を受診するよう指示したものの、同教諭がこれを拒否し続けたため、校長がエックス線検査を受診するよう命令した行為が問題となった事例
(判旨)
最高裁は、教諭が労働安全衛生法66条5項や結核予防法(当該法令は2007年に廃止されている。)により、エックス線検査を受診する義務を負っていることを述べた上で、学校保険法上も定期健康診断(特に結核の有無に対する検査)は、「教職員の健康が保健上及び教育上、児童、生徒等に対し大きな影響を与えることにかんがみて実施すべきものとされている」として、これを受けるように校長が命令した行為は適法と判断している。
従業員に受診を拒否された場合の対処法
従業員が健康診断の受診を拒否した場合、会社としては次の対応を検討しましょう。
①健康診断を受けたくない理由をヒアリングする
まず、なぜその従業員が健康診断の受診を拒否しているのか、その理由をヒアリングしましょう。
従業員によって「自分は健康だから」「病気のことを知られたくないから」「不利益な処分が心配だから」「個人情報の漏洩が心配だから」などの様々な理由が考えられます。
②健康診断の受診が法的な義務であることを説明する
受診拒否の理由が「自分は健康だから」などの場合、健康診断の受診が法的な義務であることを説明するとよいでしょう。
義務的なものであることを伝えると、ほとんどの従業員は受診に応じると思われます。
しかし、それでも受診に応じてもらえない場合、懲戒処分の対象となることを説明するとよいでしょう。
③従業員の不安を払拭する
会社の健康診断の実施に対し、「病気のことを知られたくないから」「不利益な処分が心配だから」「個人情報の漏洩が心配だから」などを理由に拒否をしている従業員に対しては、そのような心配がないことを説明してあげるとよいでしょう。
例えば、健康診断の結果については、管理者など限られた者だけが確認できること、外部に漏洩することがないこと、不利益な処分を与えることが目的ではないこと、などの説明が考えられます。
④労働問題に強い弁護士に相談する
会社が健康診断の必要性を説明しても、頑なに拒否する場合、今後の対応については労働問題に強い弁護士に相談することをお勧めいたします。
労働問題に精通した弁護士であれば、具体的な状況をもとに、今後のどのように説得するべきか、懲戒処分をすべき状況であれば注意点等をアドバイスしてくれるでしょう。
労基署の調査のポイント
健康診断の受診については、上述のとおり、事業規模を問わず、会社に課された罰則つきの義務です。
そして、健康診断の受診は、従業員の健康に深く関わるもので、近年は過労死の問題も社会問題となっています。
したがって、労災事故が発生した場合に、健康診断を受診させていなかった事実が判明した場合には、送検される可能性が高くなるでしょう。
実際に、業務中に心疾患で死亡した従業員に定期健康診断を受けさせていなかったとして、送検されたケースがあり、注意が必要です(【送検事例】石巻労働基準監督署平成28年1月)。
健康診断のよくある誤解
① パートタイマーや契約社員は受けさせなくていい?
会社の中には、健康診断は正社員にのみ受けさせる必要があると考えているケースが見受けられます。
しかし、健康診断の対象となるのは、上記のとおり、一般健康診断については、有期契約でも1年以上雇用することがみこまれる従業員及び、更新により1年以上雇用されている従業員で「所定労働時間の4分の3以上労働している従業員」については、受診させなければなりません。
したがって、パートタイマーや契約社員だから健康診断を受けさせなくて良いという認識は誤りです。
具体例
1日の所定労働時間が7時間30分で週休2日の事業の場合
週所定労働時間は2250分となります。
7時間30分 × 5日 = 2250分
この場合、週所定労働時間が1687.5分以上労働しているパートタイマーは対象となると考えられます。
2250分 × 3/4 = 1687.5分
また、法令上の実施規定はないものの、一般健康診断の場合、無期契約もしくは契約期間が1年以上の有期契約で、正社員の週所定労働時間の2分の1以上、4分の3未満働くパートタイム従業員は、実施が望ましいとされています。
なお、2分の1未満の場合は、実施根拠規定がありません。
さらに、特殊健康診断の場合、契約形態や労働時間に関わらず、有害業務に常時従事する場合は実施が義務付けられています。
これらをまとめると下表のとおりとなります。
②健康診断は業務時間中でなければならない?
健康診断は、上記のとおり、一定の要件に該当する場合、会社に実施義務があります。
それでは、健康診断の受診に要する時間は労働時間に該当するでしょうか。
この問題については、一般健康診断と特殊健康診断に分けて解説します。
一般健康診断について
雇入れ時健康診断や定期健康診断については、業務との直接の関連がないため、当然に業務時間中に実施する必要はないものと考えられます。
したがって、例えば、所定労働時間外に受診させたとしても、時間外労働手当等の賃金の支払い義務はありません。
なお、この問題について、行政解釈も同様に解していますが、この通達は受診に要した時間の賃金を会社が支払うことが望ましいとしています(昭和47年9月18日基発第602号)。
特殊健康診断について
特殊健康診断は、体に危険がある、有害な業務を行う職業の場合に義務付けられるものであり、業務を遂行する上で必要な健康診断であると考えられます。
したがって、業務時間外に実施した場合、時間外労働手当等の賃金の支払いが必要と考えられます。
まとめ
以上、会社の健康診断の実施義務について、詳しく説明しましたがいかがだったでしょうか?
労働法令は、細かい義務が規定されており、かつ、改正も頻繁なので、専門家のサポートがないとコンプライアンスを遵守することが難しい場合があります。
デイライト法律事務所には、企業の労働問題を専門に扱う労働事件チームがあり、健康診断などの労働問題について、労働事件に精通した弁護士が対応しています。
まずは当事務所の弁護士までお気軽にご相談ください。
ご相談の流れは以下からご覧ください。