労基署が調査するみなし労働時間制のポイントとは?弁護士が解説

執筆者
弁護士 西村裕一

弁護士法人デイライト法律事務所 北九州オフィス所長、パートナー弁護士

保有資格 / 弁護士・入国管理局申請取次者


みなし労働時間制が適用されるのは、事業場外労働(労基法38条の2)、専門業務型裁量労働制(同法38条の3)、企画業務型裁量労働制(同法38条の4)の3つです。

事業場外労働のみなし制は、当該労働者の労働時間が、「労働時間を算定し難い」と認められるかどうかという点が問題となることが多いです。

専門業務型裁量労働制及び企画業務型裁量労働制については、労基法所定の複雑な要件を満たしているかが問題となります。

みなし労働時間制は、会社にとって有利な制度のようにも見えますが、実は法律で厳しく規制されています。

ここでは、みなし労働時間制の条件、注意点などについて、労働問題に注力する弁護士がくわしく解説しています。

ぜひ参考になさってください。

みなし労働時間制

みなし労働時間制とは、労働時間を把握することが難しい業務について、一定時間労働したものとみなす制度です。

みなし労働時間制が適用されるのは、事業場外労働(労基法38条の2)、専門業務型裁量労働制(同法38条の3)、企画業務型裁量労働制(同法38条の4)の3つです。

 

 

事業場外労働のみなし制

対象となる業務

事業場外労働のみなし労働時間制では、そもそも適用できるかどうか問題となることが多くあります。

対象となるのは、事業場外で業務に従事し、使用者の具体的な指揮監督が及ばず労働時間の算定が困難な業務です。

事業場外で業務に従事していても、以下の3つのようなケースであれば、労働時間の把握が可能であるので、対象の事業とはなりません

① 何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合

② 無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら事業場外で労働している場合

③ 事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けた後、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後、事業場に戻る場合

裁判において事業場外労働のみなし労働時間制が適用できるか否かが争われることも多々あります。それだけ適用できるかどうかの判断が難しいのです。

ここでは、旅行の添乗業務において、事業場外労働みなし制が適用できるか争われた事例を紹介します。

【判例】阪急トラベルサポート残業代等請求事件(最判二小平26.1.24)

旅行(事案の概要)

旅行業を営む会社に添乗員として派遣された労働者の添乗員業務が「労働時間を算定し難い」といえるか争われた事案。

(判旨)

「本件添乗業務は、ツアーの旅行日程に従い、ツアー参加者に対する案内や必要な手続の代行などといったサービスを提供するものであるところ、ツアーの旅行日程は、本件会社とツアー参加者との間の契約内容としてその日時や目的地等を明らかにして定められており、その旅行日程につき、添乗員は、変更補償金の支払など契約上の問題が生じ得る変更が起こらないように、また、それには至らない場合でも変更が必要最小限のものとなるように旅程の管理等を行うことが求められている。

そうすると、本件添乗業務は、旅行日程が上記のとおりその日時や目的地等を明らかにして定められることによって、業務の内容があらかじめ具体的に確定されており、添乗員が自ら決定できる事項の範囲及びその決定に係る選択の幅は限られているものということができる。

また、ツアーの開始前には、本件会社は、添乗員に対し、本件会社とツアー参加者との間の契約内容等を記載したパンフレットや最終日程表及びこれに沿った手配状況を示したアイテナリーにより具体的な目的地及びその場所において行うべき観光等の内容や手順等を示すとともに、添乗員用のマニュアルにより具体的な業務の内容を示し、これらに従った業務を行うことを命じている。

そして、ツアーの実施中においても、本件会社は、添乗員に対し、携帯電話を所持して常時電源を入れておき、ツアー参加者との間で契約上の問題やクレームが生じ得る旅行日程の変更が必要となる場合には、本件会社に報告して指示を受けることを求めている。

さらに、ツアーの終了後においては、本件会社は、添乗員に対し、前記のとおり旅程の管理等の状況を具体的に把握することができる添乗日報によって、業務の遂行の状況等の詳細かつ正確な報告を求めているところ、その報告の内容については、ツアー参加者のアンケートを参照することや関係者に問合せをすることによってその正確性を確認することができるものになっている。

これらによれば、本件添乗業務について、本件会社は、添乗員との間で、あらかじめ定められた旅行日程に沿った旅程の管理等の業務を行うべきことを具体的に指示した上で、予定された旅行日程に途中で相応の変更を要する事態が生じた場合にはその時点で個別の指示をするものとされ、旅行日程の終了後は内容の正確性を確認し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等につき詳細な報告を受けるものとされているということができる。

以上のような業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等に鑑みると、本件添乗業務については、これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く、労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないと解するのが相当である。」

(解説)

最高裁判所は、添乗業務は日程や目的地が明らかになっていることから、業務内容があらかじめ具体的に確定していること、旅行中の客等の管理業務について具体的に指示があり、不測の事態があった場合には、その都度指示を受けることになっていたこと、旅行の日程終了後は詳細な日報により報告をすること等の事情を踏まえると、添乗員の勤務状況を具体的に把握することは困難とはいえないとして、事業場外労働のみなし制の適用を否定しました。

添乗業務のように、完全に事業外で活動していても、業務内容が確定していて、その進捗や業務の結果が具体的に把握できるのであれば、事業場外労働のみなし制を適用することはできないのです。

企業側の主張としては、事業場外労働のみなし制が適用でき、所定労働時間を働いたとみなされるから、残業代は支払う義務がないと主張していましたが、裁判所はこの主張を認めませんでした。

したがって、企業は裁判所が認定した労働時間に基づき計算した割増賃金を支払わなければなりません。

このように、適用が否定され、労働者に時間外労働が認められれば、企業は残業代を支払う義務を負うことになります。

事業場外労働のみなし制の導入にあたっては、そもそも適用できるのかどうか慎重に検討する必要があります。

 

実施にあたっての手続き

事業場外労働のみなし制を採用するにあたっては、就業規則に定めを置き、労使協定を締結しなければなりません。

労使協定では、①対象とする業務、②みなし労働時間、③協定の有効期間です。②のみなし労働時間は、事業場外労働に必要とされる1日についての時間数を協定で定めなければなりません。

担当地区や業務の繁閑の時期で通常必要な時間にばらつきがある場合には、業務ごとや時季ごとにそれぞれ定めておくことが望ましいでしょう。

 

労基署の確認ポイント

解説する弁護士のイメージイラスト労働基準監督官は、就業規則の規定や労使協定の締結の有無・内容について適切に制度設計されているか確認します。

また、事業場外の労働の実態について、所定労働時間労働したものとみなすことが相当であるかどうかなど、運用状況についても確認することになります。

また、前述したように、事業場外労働のみなし制を導入するにあたっては、そもそも適用できる労働者であるのかを慎重に検討しなければなりません。

 

 

専門業務型裁量労働制

専門業務型裁量労働制は、社会の変化に伴い、業務の遂行や時間配分などの決定について裁量の幅が大きく、一般の労働者と同様の厳格な労働時間規制を及ぼすことが不適切な専門業務に従事する労働者が増加したことから、創設された制度です。

対象となる業務

専門業務型裁量労働制を導入しうる業務は、労働基準法施行規則24条の2の2に規定されており、以下のような業務になっています。

専門業務型裁量労働制の対象となる業務

① 新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務

② 情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であってプログラムの設計の基本となるものをいう。)の分析又は設計の業務

③ 新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送法 (昭和二十五年法律第百三十二号)第二条第二十八号 に規定する放送番組(以下「放送番組」という。)の制作のための取材若しくは編集の業務

④ 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務

⑤ 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務

⑥ ①~⑤のほか、厚生労働大臣の指定する業務

⑥の厚生労働大臣の指定する業務は、労働省告示7号にて指定されており、以下のとおりです。

厚生労働大臣が指定する業務

① 広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務

② 事業運営において情報処理システム(労働基準法施行規則第24条の2の2第2項第2号に規定する情報処理システムをいう。)を活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務

③ 建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現又は助言の業務

④ ゲーム用ソフトウェアの創作の業務

⑤ 有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務

⑥ 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務

⑦ 学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定する大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る。)

⑧ 公認会計士の業務

⑨ 弁護士の業務

⑩ 建築士の業務

⑪ 不動産鑑定士の業務

⑫ 弁理士の業務

⑬ 税理士の業務

⑭ 中小企業診断士の業務

 

実施するにあたって手続き

専門業務型裁量労働制を実施するにあたっては、労使協定において上記の対象業務に該当する業務を特定した上で、下記事項を定めることが必要です。

パソコンとノート・当該業務の遂行の手段・時間配分の決定等に関して具体的な指示をしないこととする旨

・当該業務に従事する労働者の労働時間の算定については当該協定の定めるところにより一定の時間労働したものとみなす旨

・対象労働者の健康・福祉の確保のための措置と苦情処理方法

以上に加えて有効期間を定めなければなりません(労働協約の形式を満たす場合は除く)。また、みなし労働時間が法定労働時間を超える場合には、労基署に届出をしなければなりません。

 

 

企画業務型裁量労働制

企画業務型裁量労働制は、労働者がより創造的な能力を発揮するために仕事の進め方や時間配分に関し主体性を持って働くことができるよう創設された制度です。

実施するにあたっての手続き

企業業務型裁量労働制を導入するにあたっては、下記の手続きを経る必要があります。

① 賃金、労働時間、その他当該事業場における労働条件に関する事 項を調査審議すること等を目的とする委員会を設置すること

② ①の委員会の5分の4以上の多数による議決によって、対象業務、対象労働者の範囲、労働時間として算定される時間、対象労働者の労働時間の状況に応じた当該労働者の健康及び福祉を確保するための措置を使用者が講じること、対象労働者からの苦情の処理に関する措置を使用者が講じること、対象労働者の同意を得なければならないこと及び同意しなかった労働者に不利益な取扱いをしてはならないこと、その他厚生労働省令で定める事項を決議すること

③ 使用者がその決議を労基署長に届けること

これらの手続を経ることで、労働基準法上、企業業務型裁量労働制をとることができますが、労働契約の内容とするために別途、就業規則に規定を置くなど整備する必要があります。

以上のように、みなし労働時間制は要件も複雑ですから、専門家に相談の上、実施しなければ後々トラブルが発生する危険性が高いです。導入にあたっては、専門の弁護士にご相談することをお勧めします。

デイライト法律事務所ロゴ弊所では、労働問題に精通した弁護士が対応させて頂きますので、ご安心してご相談ください。

 

 


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