残業申請とは?メリットやデメリット・注意点を弁護士が解説
残業申請とは、従業員が残業を事前に会社(上司)へ申請して、原則として会社(上司)が承認した場合のみ残業を行う制度です。
会社によっては、この残業申請の制度を採用しているところも少なくありません。
残業申請によって、会社によってあらかじめ残業時間を管理したり、常態化した残業を抑制することができます。
一方で、従業員にとっては、申請の手間が増えたり、業務上必要な残業であるにもかかわらず上司が承認してくれない、といった事態が生じかねません。
また、従業員が残業申請をし忘れて残業してしまった場合でも、会社は法律上残業代を適切に支払わないと法律違反になってしまいます。
そのため、残業申請の制度を会社で導入する場合には、法律上のルールが守られるように丁寧なルール作りが欠かせません。
このページでは、「残業申請」のメリットやデメリット、注意点等について弁護士が詳しく解説しています。
ぜひご覧ください。
残業申請とは
残業申請とは、従業員が事前に残業を会社に申請して、会社がこれを承認する制度です。
法律で決められたものではなく、あくまで会社が定める独自のルールですが、このルールを採用している会社も少なくありません。
無用な残業は、残業代の増加や、法律上の残業規制の違反につながる可能性があります。
残業申請のルールを採用することで、このような無用な残業を減らし、従業員にメリハリをもって働くように促す効果があります。
法的に義務付けが可能か?
残業申請のルールを会社で採用した場合、この申請手続きを従業員に義務付けることは可能でしょうか。
会社は、就業規則を定めることで、その社内のルールを従業員に守らせることができます。
従業員は、原則として就業規則のルールを守る義務を負いますから、残業申請のルールを就業規則に定めて所定の要件(労働契約法第7条参照)を満たせば、基本的には従業員に残業申請を義務付けることも可能と考えます。
第七条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
仮に、従業員が合理的な理由もなくこのルールを守らなければ就業規則違反になります。
その違反が悪質であったり、理由もなく繰り返されるような場合には会社はその従業員に懲戒処分を下すことも検討可能です。※
※なお、会社が従業員に対して懲戒処分を下すには一定の条件がありますので、注意が必要です。
残業申請の導入が進む理由
ここで、残業申請ルールの導入が進む社会的な背景を考えてみましょう。
残業には、法律上所定の割増賃金が発生します。
従業員が、自分の判断で残業できてしまうと、日中に急いで仕事を終わらせようというモチベーションが湧きづらく、業務効率が落ちてしまいがちです。
また、残業代目当てで行われる、いわゆる「生活残業」というものも存在します。
会社としては、残業申請のルールを導入することにより、従業員の業務効率を高めさせ、残業代の支払いを減らすことができるというわけです。
さらに、近年は働き方改革による長時間労働の是正が政府によって推奨されています。
この背景からも、残業を抑制する手段として残業申請のルールの導入が進んでいるという事情があります。
残業申請ルールのメリットとデメリット
具体的に残業申請ルールのメリットとデメリットをまとめると以下の表のようになります。
メリット | デメリット | |
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会社にとって |
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従業員にとって |
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会社にとってのメリット
まず会社にとってのメリットについて見ていきましょう。
残業申請を導入することで、従業員による残業のハードルが高まります。
その結果として、会社全体で残業時間が減少します。
特に、心身に不調をきたすような、或いは、法律上の残業時間の上限に達するような長時間労働は起こりにくくなるといえるでしょう。
残業のハードルが高くなるため、従業員は日中に集中して業務を完了させようという意識が高まります。
結果として、従業員1人1人の業務効率が高まることになり、会社全体としても効率的に業務が進むといえるでしょう。
①②と関連しまして、従業員の残業時間が減少し、従業員の業務効率が高まることによって、会社としては残業申請制度の導入前と比べて、割増分を含んだ残業代の支払が減少します。
したがって、会社としては、残業申請ルールの導入によって、人件費の削減が期待できます。
ただし、以下のデメリットのところでも触れますが、残業申請ルールの内容によっては、そのルールの運営(従業員による都度の申請や、上司による都度の承認、ルールのメンテナンスなど)に手間がかかる可能性があります。
そのため、残業申請のルールを導入することで、人件費がかえって増加してしまう可能性もあることには注意が必要です。
残業時間があらかじめ申請されることになれば、従業員の予定勤務時間を会社は事前に把握できるようになります。
これによって、残業の上限規制に違反しない働き方に収まっているかの管理などが容易になる場合が多いです。
ただし、従業員が残業申請をしないままに残業をしてしまう事態も考えられます。
本来、会社の指示によらない残業は、自己都合のものですから、会社が管理して残業代を支払う対象にならないようにも思われます。
しかし、仕事の内容や、残業に至った理由などによっては勤務に含まれる可能性もありますので注意しましょう。
会社にとってのデメリット
一方、会社にとってのデメリットには以下のようなものが考えられます。
残業申請のルールを定めるためには、誰にとっても明確な形で社内ルールを定める必要があります。
また、そのための資材(申請書の書式や、申請のためのシステムなど)の用意も必要になります。
特に、システム上での申請手続きとする場合には、システム開発の手間や開発コストがかかる可能性があります。
残業申請のルールを導入した場合、会社側(管理職者などの上司)は、従業員による残業申請について都度内容を確認し、申請の許可または却下の決定をしなければなりません。
従業員の規模や、どれだけ従業員が残業を希望しているかによって、残業申請の多さが決まります。
仮に、残業申請が毎日大量になされるようであれば、管理職者(上司)の手間が掛かってしまうことがデメリットになります。
これを回避するためには、
- 却下されそうな残業申請がどんなものかを予め従業員に周知して、そのような残業申請がそもそも申請されないようにする
- 残業せざるを得ないようなボリュームの業務指示をできるだけ避け、業務の断捨離(必要のない仕事を減らす)を進める
といった対策を合わせて検討するのがよいでしょう。
残業申請のルールを定めたとしても、それが守られなければ意味がありません。
そのため、ルール違反者がいないかの確認や、ルール違反者に対する指導や対処についても気を回す必要があることに留意しましょう。
この点も、会社側にとっては負担になるといえます。
従業員にとってのメリット
次に、従業員にとってのメリットを見ていきましょう。
多くの従業員は、進んで残業をしたいわけではなく、できることなら早く仕事を切り上げてプライベートの時間も充実させたいと考えているはずです。
残業申請のルールを導入することで、いわば半強制的に、残業時間が圧縮され、理想的な労働時間に近づくといえます。
長時間の残業が常態化している会社でよく見られるのが、いわゆる「付き合い残業」です。
付き合い残業とは、業務上必要でもない(本来であれば仕事を切り上げて帰宅することができる)にもかかわらず、上司や同僚が残業している職場で自分だけが仕事を切り上げる申し訳なさ等から、付き合いで残業してしまうことを言います。
この付き合い残業の悪循環によって、多くの従業員が、毎日のように残業するような職場の雰囲気ができあがってしまいがちです。
残業申請のルールを導入することで、業務上必要のない残業は許可されなくなりますから、付き合い残業のような、無用な残業は減少するといえます。
従業員としては、周りの帰りづらい雰囲気を気にして残業するということが認められなくなりますし、残業申請を導入した会社ではそもそもそういった雰囲気自体が薄れていくはずです。
残業が許可制になれば、自分に与えられた業務は、基本的に残業をせずに日中で処理し終えることが原則になります。
そのため、従業員としては残り時間を意識して、要領よく業務を処理する必要が出てきます。
その結果として、従業員の業務効率は高まり、スキルアップにつながります。
従業員の方によっては、自分に与えられた仕事を、残業してまでその日中に処理するべきか、或いは、その日中に終わらせる必要がない仕事なのか、悩まれることもあると思います。
残業申請のルールが導入されれば、そういった判断を上司が都度してくれることになりますし、上司に相談するきっかけにもなり、従業員にとってメリットであるといえるでしょう。
従業員にとってのデメリット
続いて、従業員にとってのデメリットを見ていきましょう。
残業申請の導入によって、残業がしづらくなり、残業時間が減少します。
その結果として、従業員が受け取る残業代の収入が減少することになります。
残業申請のルールを導入した場合でも、業務上必要な残業については、残業申請をすれば認められます。
ただ、残業申請の手間がかかってしまうことには注意が必要です。
会社側では、できるだけ従業員に負担の少ない形で残業申請のルールを検討するのがよいでしょう。
具体的な内容の検討におけるポイントは、以下の「残業申請の導入の流れ」もご確認ください。
残業が容易には認められなくなれば、定時の時間までに自分の仕事を終わらせるために、日中は集中して仕事をする必要が出てきます。
これは業務効率が高まることの裏返しですが、日中は忙しくなりやすいというデメリットともいえるでしょう。
残業申請の導入の流れ
続いて、会社が残業申請のルールを導入する場合、どのような流れになるのかを解説していきます。
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- 1
- 内容の検討
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- 2
- 規則案の作成
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- 3
- 資材やシステムの作成
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- 4
- 規則の制定
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- 5
- 意見の聴取とルールの周知
①内容の検討
残業申請ルールといっても、会社によってその内容はまちまちです。
そこで、どのような内容のルールにするべきか、を始めに検討する必要があります。
具体的に検討すべきポイントは以下の通りです。
- 申請のタイミング
→事前の申請を必須とするか、例外的に事後の申請を認めるか 等 - 申請の方法
→WEB(自社のイントラネット上の申請など)による申請とするか、紙媒体による申請とするか、電子ファイルによる電子メールでの申請とするか 等 - 申請時の入力内容
→残業予定時間、残業理由、対応予定業務 等 - 上司による承認・却下の基準
→本当にその日中に終わらせる必要のある業務の場合にだけ承認するのか、或いは、ある程度従業員の裁量を尊重して緩やかに残業を認めるのか 等 - 申請が完了したものの管理方法
→申請書のままファイリングする、或いは、表計算ソフトにより一覧表の形式の管理簿を作成する 等 - ルールが守られているかの確認方法
→実際の勤務時間と、申請内容を毎月突合する 等
②規則案の作成
ルールの大筋が決まったら、それを具体的に社内規則の形に作文する必要があります。
社内ルールは、会社における「法律」のような役割ですから、できるだけ明確で、分かりやすい書きぶりにする必要があります。
そのため、労働問題にくわしい弁護士に相談の上、作成を進めていくことをお勧めします。
③資材やシステムの作成
続いて、実際にルールを運用するために必要なハード面(資材やシステム)を整える必要があります。
例えば、以下のようなものが該当します。
- 従業員が申請する際の申請書式の作成
- (WEB申請のルールとする場合、)申請のためのシステムの導入や開発
- 手続きが完了した残業申請を管理するための管理簿の作成
これらについて、できるだけ不備が生じないよう、弁護士などの専門家に相談いただくことをお勧めいたします。
なお、当事務所では、残業申請の書式をウェブサイトで公開しており、無料で閲覧やダウンロードが可能です。
④規則の制定
以上が整いましたら、②で作成した社内ルールを社内の稟議にかけ、正式なルールとして制定する必要があります。
③で作成した申請書式なども、会社によっては別途制定手続きが必要となりますので、合わせて対応しましょう。
⑤意見の聴取とルールの周知
規則を制定しただけでは、部下・上司いずれも社内ルールを十分には認識できないことが多いです。
また、残業申請を従業員に義務付ける場合、就業規則に明記すべきと考えます。
そのため、新しく制定された残業申請のルールについて、従業員向けに説明会などを開催し、従業員代表等から意見を聴取すべきです。
その際には、ルールの内容をただ説明するだけでなく、残業申請ルールの目的や導入背景などを説明することがポイントです。これにより、従業員にとってより納得感が生まれ、自主的にルールを守ってもらいやすくなります。
また、申請する側の部下、申請を受け付ける側の上司の立場の違いによって、説明すべき内容が異なりますので、会社の規模によっては、「一般従業員向けの説明会」と「上司・管理職者向けの説明会」を分けて開催するのが効率的です。
残業申請を従業員に義務づける場合、その法的根拠が必要となります。
法的に有効な就業規則は従業員に遵守義務を課すことが可能です。
したがって、就業規則に明記すべきと考えます。
また、就業規則については、労働組合又は従業員代表からの意見聴取や周知が法律上義務付けられているので注意が必要です(労働基準法90条)。
残業申請の注意点
次に、残業申請のルールを導入するにあたっての注意点を解説します。
導入したら徹底する
残業申請のルールを定めたとしても、全ての従業員がルールを守ってくれるわけではありません。
残業申請をせずに、残業をしてしまう従業員も出てくるでしょう。
しかし、そのような従業員を放置してしまうと、残業申請のルールが形だけのものになってしまい、誰も意識してルールを守らなくなってしまいます。それではルールを導入した意味がありません。
そのため、残業申請のルールは、導入した後にしっかり徹底させることが重要です。
具体的には、ルール違反がないことを確認するような態勢が必要になります(勤務時間と残業申請の内容に矛盾がないかをチェックするなど)。
また、ルール違反者が判明したら、必ず注意や指導を行うべきですし、それでも改善しない場合には、罰(懲戒処分など)を与えることも検討する必要が出てきます。
導入後もルールの改善に意識を向ける
どれだけ事前にルールの内容や申請書式などを丁寧に作成したとしても、実際にルールを運用してみると、色々と都合の悪い点や改善点が見えてくるものです。
特に、残業申請のルールについては、日々の業務に係る重要なものですから、そのような不都合を放置することによる会社や従業員の不利益は大きくなりやすいです。
そのため、ルール導入後も、そのルールがうまく運用されない様子であれば、ルールを変更したり、申請書式を変更するなど、柔軟に改善していくことにも意識を向けるようにしましょう。
書面など記録に残るもので申請
残業申請の方法には、紙や電子ファイル、さらには口頭による方式など、様々考えられます。
もっとも、社内ルールとして運用するものですから、口頭など、記録に残らないような申請方法は望ましくありません。
書面など、記録に残る形での申請方法を採用するようにしましょう。
なお、以下のページでは残業申請のための書式等を掲載していますので、こちらもぜひご活用ください。
業務量の削減も重要
残業申請のルールを導入すれば、従業員にとっての残業のハードルは上がり、残業時間の抑制が期待できます。
もっとも、会社が指示する業務の量が多ければ、結局長時間の残業につながってしまいます。
さらには、残業が禁止されていながら、仕事が終わらないという行き詰った従業員が、サービス残業をするような状態にもなりかねません。
サービス残業は、会社がこれを把握しきれないため、会社が残業代を適切に支払えなくなり、結果として会社の法律違反になってしまう可能性もあります。
このように、残業申請のルールを導入するだけでは、会社の体制としては不十分です。
業務量の削減(すなわち、業務の断捨離)にも会社全体で取り組むことも同時に検討するようにしましょう。
残業申請のよくあるQ&A
最後に、残業申請に関してよくあるQ&Aについても解説します。
従業員から「めんどくさい」との声にどう対応すれば?
残業申請では、従業員に申請の手間が発生します。
そのため、従業員から「めんどくさい」との声が上がることも自然なことです。
こういった声に対しては、ちゃんと耳を傾けて、申請方法を変更することで改善が見込めるのであれば、ルールの改定も検討しましょう。
もっとも、ある程度、残業申請の手間が生じるのは仕方ないことでもあります。
従業員のこのような声には、丁寧に耳を傾けつつも、残業申請ルールの必要性を丁寧に説明して、納得を得られるように説得することが必要です。
残業申請は何分から必要?
どのくらいの残業から残業申請を必要とするのか、は会社によって自由に検討できます。
たとえば、「30分以上の残業が発生する場合には残業申請が必要」とルールに定めることも可能です。
また、「1分でも残業をする場合には残業申請が必要」というルールにすることもできます。
しかし、現実的に考えて、終業時刻ぴったりに退社する方はあまりいないでしょう。
そのため、15分、30分、1時間などが運用しやすいのではないかと思われます。
どのような場合に申請を拒否できる?
原則として、残業は会社が命じて行わせるものですから、会社・上司は、どのような場合でも残業の申請を拒否することができます。
ただし、残業申請を拒否するということは、残業をせずに退社せよ、という業務指示をしたことになります。
したがって、その従業員が残業してでも対応すべき業務を抱えていないのか、は慎重に会社として判断する必要があります。
なお、会社が残業を命じていない(残業申請を拒否・却下)したにもかかわらず、従業員が勝手に残業してしまった場合でも、その業務内容や残業の経緯によっては、会社は残業代の支払いをしなければならない可能性もありますので注意しましょう。
まとめ
このページでは、残業申請のルールについて、そのメリット・デメリットや、導入の流れなどを詳しく解説してきました。
残業申請ルールの導入は、会社にとっても、従業員にとっても大変インパクトが大きいですが、その一方で、導入することによって得られるメリットも非常に大きいです。
そのため、ぜひ前向きに従業員・会社それぞれの立場で導入を検討いただくのがよろしいかと思います。
もっとも、残業申請ルールといっても、会社の規模や職場環境によって、その中身はまちまちです。
したがって、導入するためには、どのようなルールにするべきかを丁寧に検討して、作り込んでいくプロセスが必要になります。
このページでは、その際のポイントについても解説してきましたが、ルールの作成にあたっては不備がなく、かつ明快なものにする必要があることには注意しましょう。
そのために、弁護士などの専門家に早期に相談して、慎重に対応することを強くお勧めします。
デイライト法律事務所では、残業申請に関する各種のご相談についても、トップクラスのサービスを提供しています。
ぜひ、お気軽にご相談ください。