働き方改革関連法~同一労働同一賃金に関連する分野~
「同一労働同一賃金」とは
働き方改革関連法案の目玉の一つである「同一労働同一賃金」については多くの方がテレビや新聞、インターネットなど、何らかの媒体を通じてこの言葉に触れていると思います。
ところが、そもそも「同一労働同一賃金」という言葉はそれ自体が法律で明記されているわけではありません。「同一労働同一賃金」とは、同じ仕事内容に対しては、同一の賃金が支払わなければならないという原理原則をいいます。
この原則の定義を説明すれば、ほとんどの方は、「同じ仕事をしているのであれば、それに対して、同じ給料を支払うのは当然だ。」とお考えになると思います。
しかしながら、「何が同じ仕事といえるか」、つまり、「同一労働」というのはどういう場合に該当するのかについては、必ずしも明確ではありません。同じく、「同一賃金」といっても、「どこまでが同じでなければならない賃金なのか」という点も、明確に定義することは困難です。
その結果、これまでの日本社会では、正規雇用と非正規雇用という立場の違いを理由に待遇格差が広がってしまい、同じ仕事をしているといえるケースでも正規雇用の労働者と非正規雇用の労働者では賃金面に格差があるとして、問題視されてきました(下図)。
実際に、平成29年3月28日の働き方改革実現会議で決定された「働き方改革実行計画」では、基本的な考え方の中で、「「正規」、「非正規」という2つの働き方の不合理な処遇の差は、正当な処遇がなされていないという気持ちを「非正規」労働者に起こさせ、頑張ろうという意欲をなくす。
これに対し、正規と非正規の理由なき格差を埋めていけば、自分の能力を評価されていると納得感が生じる。
納得感は労働者が働くモチベーションを誘引するインセンティブとして重要であり、それによって労働生産性が向上していく。」と言及しており、正規雇用と非正規雇用の待遇面の是正が今回の働き方改革の主たる柱に位置付けられています。
【図:正規雇用の年収と非正規雇用の年収の違い】
(国税庁の平成25〜27年分民間給与実態調査結果)
平均給与 | 正規 | 非正規 | ||
---|---|---|---|---|
平成25年 | 男性 | 511万 3000円 |
526万 6000円 |
526万 6000円 |
女性 | 271万 5000円 |
356万 1000円 |
143万 3000円 |
|
合計 | 413万 6000円 |
473万円 | 167万 8000円 |
|
平成26年 | 男性 | 514万 4000円 |
532万 3000円 |
222万円 |
女性 | 272万 2000円 |
359万 3000円 |
147万 5000円 |
|
合計 | 415万円 | 477万 7000円 |
169万 7000円 |
|
平成27年 | 男性 | 520万 5000円 |
538万 5000円 |
225万 8000円 |
女性 | 276万円 | 367万 2000円 |
147万 2000円 |
|
合計 | 420万 4000円 |
484万 9000円 |
170万 5000円 |
改正に至る背景、流れ
改正に至る背景
正規雇用と非正規雇用の待遇格差という問題について、国は、これまで全くルールを設けてこなかったわけではありません。平成24年に改正され、平成25年4月1日より施行された労働契約法20条には、以下の規定があります。
「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めがない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」
この労働契約法20条は、期間の定めがあることだけを理由とする不利益取扱いの禁止を定めたもので、無期雇用と有期雇用の均衡待遇を求めるものでした。この規定に関する裁判例もいくつか出ています。
また、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(いわゆるパートタイム労働法)の8条にも、
「事業主が、その雇用する短時間労働者の待遇を、当該事業所に雇用される通常の労働者の待遇と相違するものとする場合においては、当該待遇の相違は、当該短時間労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」
とあり、均衡待遇について規定しています。
ところが、依然として正規雇用と非正規雇用の待遇格差は改善しておらず、平成27年の時点で男女の合計平均賃金は正規雇用と非正規雇用で314万4000円と300万円を超える格差があり、正規雇用の年収が非正規雇用の2.8倍と3倍近い差が存在しています。
改正までの主な流れ
こうした状況を踏まえ、安倍晋三内閣総理大臣(以下、「安倍首相」といいます。)は一億総活躍国民会議の中で、「我が国の雇用慣行には十分に留意しつつ、同時に躊躇なく法改正の準備を進め」る旨発言し、当該安倍首相の発言を受け、「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」が平成28年3月23日より順次開催されました。
検討会による11回の会議を経て、平成28年12月に中間報告が出され、同月20日、厚生労働省より、「同一労働同一賃金ガイドライン案」が公表されました。
この中間報告の中で、同一労働同一賃金を実現するための基本的なポイントとして以下の3点が挙げられています。
・職務や能力等と、賃金を含めた待遇水準の関係性が明らかになり、待遇改善が可能になるようにする
・教育訓練機会を含めた「能力開発機会」の均等、均衡を促進することで一人ひとりの生産性向上を図る
そして、ガイドラインはこのために重要な手段と位置づけられるとまとめています。したがって、今回の一連の改正を検討していくに当たっては、先に策定された同一労働同一賃金に関するガイドライン案の具体的な中身についても把握しておく必要があります。
また、上記の検討会と並行して、平成28年9月26日には、安倍首相の諮問機関として、「働き方改革実現会議」が設置されました。この会議には、政府の閣僚と大学教授、労働者代表として労働組合の会長や使用者代表として経団連の会長が参加しています。
この会議では、同一労働同一賃金の問題だけでなく、長時間労働の是正や脱時間給など、労働法制に関わる幅広い視点から、働き方を見直すことが議論されています。当該会議の結果、平成29年3月28日に「働き方改革実行計画」が発表されました。
今回の労働法制の改正による同一労働同一賃金の実現は、これまで説明した流れを経て行われるものであり、以下では、改正法の具体的内容を説明していきます。
改正法の具体的内容
雇用対策法の改正
名称の変更
雇用対策法は昭和41年(1966年)に制定された法律で、これまで数度の改正が行われてきました。
今回の働き方改革関連法の改正に伴って、この雇用対策法は新たに「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」と名称が変更になります。
目的規定の改正
これに伴って、改正法では、1条1項の目的規定が以下のように変更されます。
「国が、少子高齢化による人口構造の変化等の経済社会情勢の変化に対応して、労働に関し、その政策全般にわたり、必要な施策を総合的に講ずることにより、労働市場の機能が適切に発揮され、労働者の多様な事情に応じた雇用の安定及び職業生活の充実、労働生産性の向上等を促進して、労働者がその有する能力を有効に発揮できるようにし、これを通じて、労働者の職業の安定と経済的社会的地位の向上とを図るとともに、経済及び社会の発展並びに完全雇用の達成に資することを目的とする。」
働き方改革を進める上で、多様性(ダイバーシティー)を尊重して、各人の能力やライフスタイルに応じた働き方を認めることで、生産性の向上を図るという点を法律上明記したものと捉えることができます。
また、この目的を受けて、同法は
「労働者は、職務の内容及び職務に必要な能力、経験その他の職務遂行上必要な事項(以下この項において「能力等」という。)の内容が明らかにされ、並びにこれらに即した評価方法により能力等を公正に評価され、当該評価に基づく処遇を受けることその他の適切な処遇を確保するための措置が効果的に実施されることにより、その職業の安定が図られるように配慮されるものとする。」
という規定を新たに設けました(改正雇用対策法3条2項)。
この規定から直ちに、企業に対して、何らかの具体的な義務が生じるわけではありませんが、今回の改正で、能力に応じた適切な評価とそれに基づく適切な処遇を国が目指すべき方向として示しており、同一労働同一賃金といった個別の分野の法解釈にも影響を与えるものです。
有期雇用労働者、パートタイム労働者に関する法律改正
改正の方向性
現在、有期雇用労働者に関する定めは、労働契約法に定められており、先ほど紹介した雇用期間があることを理由とする不合理な取扱いの禁止についても、労働契約法20条に規定されています。
一方、パートタイム労働者に関しては、現在、パートタイム労働法がルールを定めており、有期雇用労働者に関する規定とパートタイム労働者に関する規定がそれぞれ別個に置かれていました。
しかしながら、正規雇用と非正規雇用という観点で分類した場合、有期雇用労働者とパートタイム労働者は同じ非正規雇用という枠組みで捉えられます。
そのため、今回の働き方改革関連法の改正に伴って、有期雇用労働者とパートタイム労働者の両者について共通する部分を一つの法律で規制していく方向で法改正がなされます。
したがって、法律の名称が、これまでの「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」から「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」へと変更になります(ただし、便宜上以下では改正法を改正パートタイム労働法と表記します。)。
定義規定の整備
今回の法改正に伴って、改めて有期雇用労働者とパートタイム労働者の定義の見直しがなされます。
まず、有期雇用労働者については、「事業主と期間の定めのある労働契約を締結している労働者」を指すとされています(改正パートタイム労働法2条2項)。
この規定によれば、雇用期間の長さは問いませんので、6か月契約であろうが1年契約であろうが、3年契約であろうが雇用期間の定めがあることになりますので、有期雇用労働者に該当し、この法律の適用対象になります。
また、パートタイム労働者については、この法律では、短時間労働者と定義し、
「一週間の所定労働時間が同一の事業主に雇用される通常の労働者(当該事業主に雇用される通常の労働者と同種の業務に従事する当該事業主に雇用される労働者にあっては、厚生労働省令で定める場合を除き、当該労働者と同種の業務に従事する当該通常の労働者)の一週間の所定労働時間に比し短い労働者をいう」
としています(改正パートタイム労働法2条1項)。
例えば、正規雇用労働者の所定労働時間が1日8時間、週5日の40時間勤務であれば、1日4時間労働の労働者や1日8時間でも週3日の労働者は、この法律にいう短時間労働者に当たります。
現行法との違いは、比較する労働者の単位が事業所単位(現行法)と事業主単位(改正法)という点です。したがって、複数のオフィスを設ける企業は、これまでは同じオフィス内の労働者と比較して短時間かどうかを判断していましたが、今回の改正により全オフィスの中での比較対象となります。
基本的理念の策定
現行のパートタイム労働法には目的規定はあるものの、基本的な理念を掲げてはいませんでした。しかしながら、今回の改正により、以下の規定が新たに設けられます。
「短時間・有期雇用労働者及び短時間・有期雇用労働者になろうとする者は、生活との調和を保ちつつその意欲及び能力に応じて就業することができる機会が確保され、職業生活の充実が図られるように配慮されるものとする。」(改正パートタイム労働法2条の2)
この規定は目的規定と同じく、抽象的なものであり、この規定から直ちに、個別の有期雇用労働者やパートタイム労働者に具体的な権利が保障されるわけではありません。
ただし、社会的にワークライフバランスの取れた働き方ができるよう、企業(もちろん国も)が努力すべきという方向性が示されており、具体的な労働問題が争われる訴訟において、前提とされる考え方となっていくことになります。
不合理な待遇の禁止
改正法では、同一労働同一賃金の根拠となる規定について、このように定めています。
すなわち、
「事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。」
としています(改正パートタイム労働法8条)。
この点、現行のパートタイム労働法8条は、単に「待遇」とのみ記載しています。この部分について、改正法では、「基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて」と文言が追加されています。
この追加により、不合理な待遇の対象となるのが、基本給や賞与をはじめとする各種給与であること、そして、全体ではなく、給与項目のそれぞれについて、不合理かどうかを判断するという点が明確になりました。
また、現行法の文言については、先の検討会で、司法判断の根拠として十分に機能しているか、つまり、裁判で賃金格差が合理的かどうか争われた際に、法を適用する裁判所が判断できるほどに、規定が明確といえるかどうかについて議論がなされ、各委員から現行法のメリット、デメリットの双方が出されました。
その中で、
「現行法の規定は、待遇差の不合理性について、給付の趣旨・性格に応じて判断するという点が必ずしも明確になっていない。合理性・不合理性の判断は、給付の具体的な趣旨・性格に応じて行われる。(考慮要素は給付の趣旨・性格によって異なる)ことがわかるような規定とすることが必要ではないか。」
という意見が挙がっていました。
こうした意見を踏まえて、今回の改正法では、これまでの「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情」という文言の後に、「当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して」という文言が追加されています。
この改正により、具体的に問題となっている給与項目に関して、その項目が正規雇用労働者と非正規雇用労働者とで、「どうして支払われているのか(支払われていないのか)」、「給付の目的を踏まえて、どのようにして額が決定されているのか」といった点が考慮事情になることが明確になりました。
したがって、企業としては、正規雇用労働者と非正規雇用労働者の賃金の決定方法について、賞与も含めた全体的なバランスと基本給や各種手当などの個別の給与項目の一つ一つについて、改めて検討し、見直さなければなりません(施行までに実施すべき施策については、弁護士コラム「同一労働同一賃金について最高裁が初判断—労働問題を専門とする弁護士が判決内容を解説!」をご覧ください)。
この規定の具体的な効果については、現行法の8条と同じように考えられています。
つまり、正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間の賃金格差が不合理と判断された場合、当該賃金格差の部分は不合理な差別として無効になります。
具体的には、正規雇用のAさんと非正規雇用のBさんに対し、Aさんには職務手当として2万円が支給され、Bさんには1万円しか支給されていなかった場合、この取扱いが不合理と判断されれば、Bさんに対して、差額の月額1万円を遡って支給しなければならなくなります。
賃金債権の消滅時効は2年間ですので、1万円×24か月=24万円を企業が支払わなければなりません(もちろん、過去の清算だけでなく、その後も状況に変化がないかぎり、BさんにはAさんと同じく職務手当2万円を支給しなければなりません。)。
一見するとそれほど大きな額ではありませんが、仮に、この企業には非正規雇用の労働者が1万人いて、Bさんと同じような取扱い状況だったとすれば、24万円×1万人=2400万円の支払を余儀なくされることになります。
このように、一人ひとりの格差で見るとそれほど金額が大きくなくても、非正規雇用の全労働者という視点で見ると、企業に与える影響は非常に大きくなります。
なお、今回の改正に伴って、これまで有期雇用労働者の不合理な待遇の禁止を定めていた労働契約法20条は削除されます。
通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者に対する差別的取扱いの禁止
現行法の9条は、
「事業主は、職務の内容が当該事業所に雇用される通常の労働者と同一の短時間労働者であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれるものについては、短時間労働者であることを理由として、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、差別的取扱いをしてはならない。」
と定めています。
この規定は、職務内容の同一性、職務内容と配置変更の範囲の同一性が認められる場合には、「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」に当たるとして、差別的待遇を禁止したものです。
しかしながら、有期雇用労働者に関しては、この規定に対応する規定が労働契約法には設けられていませんでした。
そこで、今回の改正により、短時間労働者だけなく、有期雇用労働者にもこの規定が適用できるように対象範囲を拡大しました(改正パートタイム労働法9条)。
また、現行法では、差別的取扱いの禁止の事項として、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇と規定していました。しかしながら、改正法では、「基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない」と定めています。
これは、同一労働同一賃金を進めていく上で、「賃金の決定」という抽象的な文言よりも一歩踏み込んで、「基本給、賞与その他の待遇のそれぞれ」と個別的な項目ごとに差別的取扱いが許されないことを示すことを意図したもので、8条の改正と方向性を同じくするものです。
なお、現行法においても、労働者の意欲・能力・経験・成果等について査定や評価を行うことによって賃金に差をつけることは、通常の労働者について行われているのと同一方法で行われるかぎり、差別的取扱いとはなりません。
例えば、労働時間が通常の労働者よりも短いことから、単価は同じ金額で計算し、労働時間の長さによって、賃金が通常の労働者と異なるというケースの場合は、この規定の違反とはならず、問題ありません。
賃金決定の努力義務
現行法の10条には、短時間労働者の賃金決定に際する規定があります。この規定に対応する有期雇用労働者に関するルールはこれまで定められていませんでした。
そこで、今回の改正にあわせて、対象を短時間労働者だけでなく、有期雇用労働者にも拡大し、以下の規定に変更されます。
「事業主は、通常の労働者との均衡を考慮しつつ、その雇用する短時間労働者・有期雇用労働者(通常の労働者と同視すべき短時間労働者・有期雇用労働者を除く。)の職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験その他の就業の実態に関する事項を勘案し、その賃金(通勤手当その他の厚生労働省令で定めるものを除く。)を決定するように努めるものとする。」(改正パートタイム労働法10条)
ただし、この規定は「努めるものとする」として努力義務にとどまっており、個別の労働契約に対して、何らかの具体的な効果を生じさせるものではありません。
同一労働同一賃金に向けての賃金制度の見直しを進めることが、この努力規定をも意識した動きとして評価されることになるでしょう。
福利厚生施設の利用の機会提供
現行法では、12条で短時間労働者に対する福利厚生施設の利用機会の提供義務を定めています。しかしながら、賃金決定の努力義務などと同じく、有期雇用労働者に関する規定は現行法ではありませんでした。
そこで、改正法では、有期雇用労働者も含めて、健康の保持又は業務の円滑な遂行に資するものとして厚生労働省令で定めるものについて、通常の労働者と同様に利用の機会を与えなければならないと定めています(改正パートタイム労働法12条)。
具体的にどのような施設の利用機会を提供しなければならないかですが、現状では、給食施設(社員食堂など)、休憩室、更衣室の3つが厚生労働省令で規定されています。
説明義務の拡充
現行法では、短時間労働者に対する説明義務について、14条で以下のように定められています。
「事業主は、短時間労働者を雇い入れたときは、速やかに、第九条から前条までの規定(通常の労働者と同視すべき短時間労働者の差別的取扱いの禁止、賃金決定の考慮、教育訓練の提供、福利厚生施設の利用)により措置を講ずべきこととされている事項(労働基準法第十五条第一項に規定する厚生労働省令で定める事項及び特定事項を除く。)に関し講ずることとしている措置の内容について、当該短時間労働者に説明しなければならない。」(現行パートタイム労働法14条1項)
「事業主は、その雇用する短時間労働者から求めがあったときは、第六条、第七条(労働条件に関する文書の交付等、就業規則の手続)及び第九条から前条までの規定により措置を講ずべきこととされている事項に関する決定をするに当たって考慮した事項について、当該短時間労働者に説明しなければならない。」(現行パートタイム労働法14条2項、下線部は当事務所にて加筆)。
この説明義務が設けられたのは、短時間労働者の待遇について、どのような考慮に基づいてそのような待遇としているかについて、事業主に対して説明責任を課すことによって、事業主に対して短時間労働者の適切な取扱いを誘導し、短時間労働者に対しては待遇に対する納得性を高めようとする意図があったとされています。
この説明義務について、先ほど紹介した検討会で議論がなされました。
検討会の中では、これまでの説明義務を強化・充実することが必要という点では意見の一致をみています。
また、「短時間労働者だけでなく、有期契約労働者にも同じく説明義務を設ける必要がある」という意見や「労働者が説明を求めたことにより不利益取扱いをしてはならないという規定をどのように追加するかも検討しなければならない。」といった意見が挙がっています。
この意見の根底には、現行法14条が具体的にどのような措置の内容を説明すべきことになるのかが判然としないという問題意識があると考えられます。
また、待遇格差の説明を求めるとした場合に、
「比較対象労働者を雇用管理区分単位とするか個人単位とするかという点や、雇入れ時に誰との差を説明しなければならないかという点が難しく、単に待遇差について説明すべきという一言を入れるだけでは実務が混乱するのではないか」
といった意見もありました。
こうした検討会での意見を集約して、改正法では以下のような定めをおいています。
■雇入時の説明義務
「事業主は、短時間・有期雇用労働者を雇い入れたときは、速やかに第8条から前条までの規定により措置を講ずべきこととされている事項(労働基準法第15条第1項に規定する厚生労働省令で定める事項及び特定事項を除く。)に関し講ずることとしている措置の内容について、当該短時間・有期雇用労働者に説明しなければならない。」(改正パートタイム労働法14条1項)
この規定は雇用契約を締結するに当たって求められている最初の説明義務となります。現行法では、不合理な差別禁止に関して定めた8条の規定は説明義務の対象に含まれていませんでした。改正法ではこの点についても、説明義務を課しています。
具体的にどのような説明を求められるかについては、この規定からは直ちに明確ではありませんが、不合理な差別が企業内で発生しないように注意している内容を説明することになるでしょう。
例えば、定期的に賃金体系を見直すべく、短時間労働者や有期雇用労働者の意見を聞く機会を設けているといったことを説明するというのが考えられます。
■労働者からの求めがあった場合の説明義務
改正パートタイム労働法14条2項では、1項に引きつづいて、
「事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者から求めがあったときは、当該短時間・有期雇用労働者と通常の労働者との間の待遇の相違の内容及び理由並びに第6条から前条までの規定により措置を講ずべきこととされている事項に関する決定をするに当たって考慮した事項について、当該短時間・有期雇用労働者に説明しなければならない。」
と規定されています。
この規定は、現行法14条2項よりも説明義務の範囲が拡大されています。すなわち、先ほど紹介した意見を踏まえて、「当該短時間労働者・有期雇用労働者と通常の労働者との間の待遇の相違の内容及び理由」という事項が追加されています。
したがって、企業は、労働者から説明を求められた場合、違いの中身(具体的にどの程度の格差が存在しているのか)、その理由(どうしてその違いが生じているのか、企業がその違いを設けている理由)を説明しなければなりません。
この説明方法については、具体的な定めがないため、書面でも口頭でも構いません。
■不利益取扱いの新設
改正パートタイム労働法では新たに、
「事業主は、短時間・有期雇用労働者が前項による求めをしたことを理由として、当該短時間・有期雇用労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」
と定めを置いています(改正パートタイム労働法14条3項)。
現行法には、不利益取扱いに関する規定がありませんでしたが、待遇格差について、短時間労働者や有期雇用労働者が説明を求めることができると定めたことを実効性のあるものにするために、待遇格差の理由を積極的に聞いたことで労働者が当該企業から不合理な処遇を受けないようにする必要があるとして定められました。
したがって、仮に、労働者の解雇の理由がこの規定に該当するものであると判断されれば、労働契約法16条の客観的合理性や社会通念上の相当性という要件を検討する以前に、当然に無効になります。
紛争解決手段の追加
現行法の8条で定める不合理な差別かどうかが争われる事案については、これまでは裁判による個別紛争により解決をしてきました。
ところが、裁判となるとやはり手続的に労働者、企業ともにかなりの負担と労力を強いられることになるため、検討会の中でも、紛争解決機関として行政ADRを拡充すべきという意見が挙がっていました。
こうした意見を踏まえて、同一労働同一賃金の実現を図るべく、不合理な待遇の禁止に関する問題について、新たに行政ADR手続が利用できることになりました。
具体的には、まず、労働者、企業の一方もしくは双方から解決について援助の求めがあった場合、都道府県労働局長による紛争解決の援助(助言や指導、勧告)を受けることができるようになります(改正パートタイム労働法24条1項)。
なお、この援助を求めたことで労働者を解雇するなどの不利益取扱いは禁止されています(改正パートタイム労働法24条2項)。
また、都道府県労働局長は、援助の申出に関する紛争について調停手続に付託することができます(改正パートタイム労働法25条)。
この調停手続では、紛争調整委員会の委員の中から3名が調停委員として選出され、関係当事者の出頭を求めた上で、意見を聞くことができます。意見を聞いた上で、委員会は調停案を受諾するよう勧告することができます。
今回の改正に際して、この行政ADRが十分に活用できるようにすべきという方針が検討会で言及されているため、制度が運用されるまでに国が広報活動により、手続の認知率向上を図ると思われます。
そのため、今後、企業はこうした裁判外の手続への対応も必要になってきます。
また、検討会の中では、この紛争解決方法の議論の中で、非正規雇用労働者も含めた集団的労使コミュニケーションを促進することが重要であるということについて、意見の一致をみたと報告されています。
この意味するところは、労働組合と企業とによる労使の団体交渉を通じて、労使交渉を活発にする必要があるということです。
したがって、今回の改正によって、企業は労働組合からの団体交渉の申入れなどに対応しなければならないケースも増えてくる可能性があります。
特に、日本企業では、欧州と異なり、産業別組合という横のつながりのある労働組合が機能せず、その関係で合同労組と呼ばれる様々な業種の労働者が集まって結成された労働組合(ユニオン)が数多く結成されています。したがって、こうした合同労組への対応も企業には求められます。
合同労組・ユニオンへの対応については、こちらのサイトをご覧ください。
施行日、経過措置
今回の働き方改革関連法の改正において、同一労働同一賃金に関する部分が非常に大きな改正の一つなわけですが、それだけに企業に与える影響も大きいものです。なぜなら、同一労働同一賃金の考え方を推し進めるには、日本の企業における賃金制度そのものを見直さなければならなくなるからです。
中小企業や親族会社などは、賃金テーブルがそもそも存在しておらず、感覚的に個別の労働者と賃金を決定していることも少なくありません。
したがって、改正法の施行と同時にこの規定をすべての企業に適用すると実務に混乱を生じさせてしまいます。
また、この法案提出をめぐっては、国会で明らかとなった様々な問題や裁量労働制に関する根拠データの改ざん疑惑などで当初の予定より大幅に遅れてしまい、閣議決定がなされたのが平成30年4月6日になってしまいました。
そのため、今回の改正法の施行は当初予定されていた2019年(平成31年4月1日)から1年延期をして、2020年4月1日となりました。
また、大企業以外の中小企業には経過措置として、2020年から1年間その適用が猶予されます。
具体的には、中小事業主(資本金の額又は出資総額が3億円(小売業又はサービス業を主たる事業とする事業主は5000万円、卸売業を主たる事業とする事業主については1億円)以下の事業主及び常時使用する労働者の数が300人(小売業を主たる事業とする事業主については50人、卸売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については100人)以下の事業主)については、2021年3月31日までの1年間の猶予期間が与えられています。
ただし、この場合には、改正パートタイム労働法の適用はありませんが、労働契約法20条も含めて、現行法の規定が及ぶことになりますので、全くルールがなくなるわけではありません。
中小事業主の基準となる労働者数は、正規雇用労働者だけでなく非正規雇用労働者も含めた合計の労働者数であり、この単位は事業所ごとではなく、全事業所を含めた企業単位ということになっています。
同一労働同一賃金について、労働専門の弁護士に相談するメリット
今回の働き方改革関連法の目玉である同一労働同一賃金は、企業の賃金制度そのものの見直しを迫るもので、非常にインパクトが大きいものです。
賃金制度の変更は、労働条件の不利益変更の禁止にも配慮して進めなければならず、企業の人事担当者の方だけでは到底対応することができないものです。
したがって、同一労働同一賃金に対応するには、専門家である弁護士に相談・依頼して進めていくことが必要不可欠です。
デイライト法律事務所では、労働問題を専門的に取り扱う企業法務部の弁護士が同一労働同一賃金にどのように対応するか、その対応策についてご相談をお受けし、具体的にアドバイスを行い、企業の方のサポートをさせていただきます。
同一労働同一賃金については、施行日まで2年ほどしかありません。
早急に対応しなければ、手遅れになってしまいます。
お早めにデイライト法律事務所の弁護士にまずはご相談ください。
法改正について、働き方改革関連法(派遣法について)はこちらもあわせてご覧ください。