働き方改革~長時間労働是正に関する法改正~
法改正に至る背景
戦後の労基法は、1週間48時間を法定労働時間として定めていました。
しかし、週休2日制を実施し、欧州先進国と同程度の労働時間にすべく、1987年に週の法定労働時間を40時間までとする法改正が行われました。
その後、段階的に週40時間制に移行していき、1997年に完全に週40時間制に移行がなされました。このように、我が国は歴史的に労働時間が長い傾向にあったのです。
週40時間制に移行して、労働者の年間の総労働時間は全体としては短縮されました。
しかし、それでも日本の労働者の労働時間は、欧州諸国と比べて労働時間が長くなっています。
平成26年の政府発表のデータでは、週労働時間49時間以上の労働者の割合について、日本21.3パーセント、米国16.6%、英国12.5%、仏国10.4%、独国10.1%となっており、我が国の労働時間が長いことが分かります。
長時間労働は、健康の確保だけでなく、仕事と家庭生活の両立を困難にし、その結果、少子化や女性のキャリア形成を阻害し、男性の家事・育児の参加を阻害する原因にもなります。
また、長時間労働により心身のバランスを崩し、身体的・精神的に疾患を抱えてしまい最悪の場合には過労死や過労自殺に至る労働者もいます。こうした長時間労働の問題の根底には、長時間労働を美化する企業文化や取引慣行などが背景にあります。
今回の法改正では、こうした長時間労働の文化を変え、仕事と子育てや介護を無理なく両立させ、ワークラフバランスを改善し、女性や高齢者も働きやすい社会に変えていくことが目的です。
残業時間に関する現行の法規制
残業時間の上限規制
現行法上、労働時間に関しては、使用者は休憩時間を除いて1週間に40時間を超えて労働させてはならず、また、1日について8時間を超えて、労働させてはならないと規定されています(労基法32条)。
ただし、時間外・休日労働協定(いわゆる36協定)を締結し、それを行政官庁に届出た場合は、その協定で定めるところによって労働時間を延長することができます。
当然のことながら、労働時間を延長した場合には、その時間外労働分に対する割増賃金を支払わなければなりません。
36協定を締結していれば、無制限に時間外労働が認められるのかというと、そういうわけではありません。
労働者の労働時間の適正化を図るために限度基準(労働省告示154号)が設けられています。一般の労働者の場合の延長の限度の時間は下表のとおりです。
図表1 時間外労働の限度基準(現行法)
期間 | 限度時間 |
---|---|
週間 | 15時間 |
2週間 | 27時間 |
4週間 | 43時間 |
1ヶ月 | 45時間 |
2ヶ月 | 81時間 |
3ヶ月 | 120時間 |
1年間 | 360時間 |
図表2 法定時間を超えて就労させる要件
②所在地を管轄する労働基準監督署に届出
③労働協約や就業規則による契約上の根拠があること
使用者は、36協定を締結したとしても、図表1の時間を超えて、労働者に時間外労働をさせることはできません。
しかし、事業や業種によっては、繁忙期においては上記時間を超えて時間外労働を行わなければならないケースも考えられます。
そこで、原則としては、図表1の限度基準は遵守しなければならないとしながらも、臨時的に限度時間を超えて時間外労働を行わなければならない特別の事情が予想される場合には、「特別条項付き36協定」を結ぶことにより、限度時間を超える時間を延長時間とすることができます。
特別な事情は、臨時的なものに限られ、一時的又は突発的な事情であることが必要であり、全体として1年の半分を超えないことが見込まれる場合に限られます。
特別条項によって延長することができる労働時間については、労使間の合意によって委ねられているため、特別条項の条件を満たしている限りは、労使間の合意があれば、実質、上限なく時間外労働が可能となります。
改正労基法では、こうした特別条項による労働時間の延長に上限を設ける規制がなされることになります。
時間外労働・休日労働に対する割増賃金の支払い
時間外労働とは、1日8時間または1週40時間の法定労働時間を超える労働のことです。
休日労働とは、週1日の法定休日における労働のことをいいます。時間外労働の割増率については、図表3のとおりです。
図表3 時間外労働・休日労働割増率(現行法)
時間外労働 | 1日8時間、週40時間を超えた場合 | 25%以上 |
---|---|---|
時間外労働が1ヶ月60時間を超えた場合 | 50%以上 | |
休日労働 | 法定休日(週1日)労働した場合 | 35%以上 |
深夜労働 | 22時から5時までの間に労働した場合 | 25%以上 |
時間外労働が1ヶ月60時間を超えた場合の割増率50%以上の法適用については、これまで一定規模の中小企業に関しては適用が猶予されていましたが、後述するように2023年4月1日をもって適用を受けることになります。
改正労基法の具体的内容
今回の労基法改正について、労働時間に関わる事項としては、
①時間外労働の上限規制、
②中小事業主に対する1ヶ月について60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率の適用、
③年次有給休暇の取得させる義務について、規定が設けられます。
また、労働時間等の設定の改善に関する特別措置法が改正され、勤務間インターバル制度を努力義務とする規定が設けられます。
以下、それぞれについて説明します。
時間外労働の上限規制について
(1)厚生労働大臣の指針
改正労基法においては、厚生労働大臣は、労働時間の延長及び休日の労働を適正なものとするため、36協定で定める労働時間の延長及び休日の労働について留意すべき事項、当該労働時間の延長に係る割増賃金の率その他の必要な事項について、労働者の健康、福祉、時間外労働の動向その他の事情を考慮して指針を定めることができるとされています(改正労基法36条7項)。
36協定を締結する使用者及び労働組合又は労働者の過半数を代表する者が、労働時間の延長や休日労働を決めるにあたっては、この指針に適合するように協議しなければなりません(改正労基法36条8項)。
また、行政官庁は、厚生労働大臣の指針に関して、36協定を締結する使用者及び労働組合又は労働者の過半数を代表する者に対して、必要な助言や指導を行うことができることも規定されます。
この助言指導にあたっては、労働者の健康が確保されるよう特に配慮しなければならないとされています(改正労基法36条10項)。
これらの厚生労働大臣の指針は、労度時間に関する規制の方向性を示すものになります。
指針に、労働時間の延長や休日労働を可能な限り抑制することが盛り込まれることからも分かるように、政府の方針としては、国民の労働時間全体を短縮しようとする意図がみられます。
(2)36協定に定めるべき事項を労基法に明記
改正労基法においても、当然のことながら労働者に関外労働をさせるには36協定の締結が必要となりますが、36協定に規定すべき事項が労基法に明記されることになりました(改正労基法36条2項)。
具体的には、図表4の事項です。
図表4
①対象となる労働者の範囲
②労働時間を延長又は休日に労働させることができる期間
③時間外労働・休日労働ができる場合
④労働時間の延長及び休日労働の限度
⑤その他厚生労働省令で定める事項(上限を超えて労働した労働者への健康確保措置、限度を超えた時間の割増率や手続きなど)を36協定において明記しなければなりません。
これらの事項は、現行では労基則16条で規定されていた事項ですが、改正法では、法律事項として格上げされています。
(3)労働時間の延長の限度
改正労基法においては、労働時間を延長する時間の限度について、以下のように明文化されます。
「当該事業場の業務量、時間外労働の動向その他の事情を考慮して通常予見される時間外労働の範囲内において、限度時間を超えない時間に限る」(改正労基法36条3項)
したがって、各企業は延長する労働時間を決定するにあたっては、事業場の業務量やその業務にあたる従業員の人数、業務の繁閑の時季などの事情を十分に考慮して、延長する労働時間を決定する必要があります。
ここで明記されている「限度時間」については、1ヶ月について45時間、1年について360時間(1年単位の変形労働時間制の対象期間として3ヶ月を超える期間を定めて労働させる場合にあたっては、1カ月について42時間及び1年について320時間)とされています(改正労基法36条4項)。
これまでは、限度基準として労働省告示(154号)にて公表されていましたが、今回の法改正により、労基法に明記されることになります。
(4)労働時間の延長の限度の例外
改正労基法においては、原則として前記の限度時間をこえて労働させることはできませんが、現行法と同様に、例外規定も設けられます。
具体的には、通常予見することのできない業務量の大幅な増加等によって臨時的に労働時間を延長しなければならない場合については、労働時間を延長して労働させる時間と休日労働させる時間を36協定において定めることができます。
ただし、その時間は1カ月に100時間未満、1年について720時間未満の範囲で定めなければなりません。
また、この場合においては、1ヶ月45時間(1年単位の変形労働時間制の対象期間として3ヶ月を超える期間を定めて労働させる場合にあたっては、1カ月について42時間)を超える月数を定めなければならず、その月数は1年について6ヶ月以内に収めなければなりません(改正労基法36条5項)。
現行法においては、36協定で特別条項を締結していれば、実質的に、労働時間の延長に関して上限がありませんでしたが、改正労基法においては、年720時間、単月100時間未満の制限が設けられています。
さらに、改正労基法では、36協定を締結して労働時間を延長することができる場合であっても、以下の制限も課されます。
これらの規制に違反した場合には、罰則が科されることになります(改正労基法36条6項各号、同法119条)。
①坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務について、1日について労働時間を延長して労働させた時間が2時間を超えないこと(1号)。
②1ヶ月について労働時間を延長した時間と休日労働の時間が 100時間未満であること(2号)。
③労使協定で定められた対象期間の初日から1ヶ月ごとに区分 した各期間の労働時間及び休日労働時間に、当該各期間の直前1ヶ月、2ヶ月、3カ月、4カ月、5ヶ月の時間外労働及び休日労働を加えたそれぞれの期間における労働時間が、1ヶ月平均で80時間を超えないこと(3号)。
(5)適用除外
今回の法改正によって、時間外労働の上限規制が適用されない業種があります。
①新技術・新商品等の研究開発業務
適用除外される期間に関しては、現時点では明記されていません。ただし、労衛法の改正により、時間外労働が厚生労働省令で定める時間を超える労働者に対して、厚生労働省令で定めるところにより、医師による面接指導を行わなければなりません(改正労衛法6
6条の8の2第1項)。
②工作物の建設事業
建設事業に関しては、改正労基法が施行された5年後から、上記の労働時間の規制が適用されます(改正労基法139条2項)。
ただし、工作物の建設事業のうち災害時における復旧及び復興の事業については、施行から5年後においても規制の適用を受けません(改正労基法139条1項)。現時点では、将来的に規制を適用する旨を附則に規定されるにとどまる予定です。
③自動車運転業務
自動車運転の業務に関しては、改正労基法が施行された5年後から、上記労働時間の規制が適用されます。ただし、1年について労働時間を延長して労働させることができる時間の制限は960時間を超えない範囲内に限られます(改正労基法140条)。
改正労基法が施行されて5年が経過した後に関しては、適用を受けますが、改正労基法36条6項2号及び3号(100時間未満の制限及び複数月の制限)の規制については、適用除外とされ、さらに、労働時間を45時間延長させることができる月数の制限についても適用除外とされています。
自動車運転業務に関しては、長時間労働になりがちな業務の一つです。確かに、業務の性格や、ドライバー不足など、長時間労働是正の障壁は多いですが、このまま放置するわけにはいきません。企業としては今回の法改正では5年間の猶予が設けられているので、この5年間を利用して、労働時間を削減する工夫が求められます。
④医師
医師の業務に関しては、改正労基法が施行された5年後から、労働時間の上限規制が適用されますが、その具体的な内容については、厚生労働省令で定めることとされています。省令の規制の具体的なあり方については、医療界が参加する検討の場で検討し内容を決定することになっています。
⑤鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業
改正労基法施行5年間は、1ヶ月に100時間未満・複数月80時間以内の規制(改正労基法36条6項2号ないし3号)は適用されません(改正労基法142条)。
中小事業主に対する1ヶ月について60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率の適用
労基法37条1項では、「当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。」ことが規定されていますが、これまで、この部分に関しては中小事業主には適用されていませんでした。
中小事業主とは、資本金の額又は出資の総額が3億円(小売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については5000万円、卸売業を主たる事業とする事業主については1億円)以下である事業主、又は、その常時使用する労働者の数が300人(小売業を主たる事業とする事業主については50人、卸売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については100人以下の事業主です。
今回の法改正によって、こうした中小企業に対する猶予措置が廃止されることになります。この点の法律の施行予定は2023年4月1日となっています。
年次有給休暇に関する改正
今回の労基法改正では、年次有給休暇に関しても法改正がされています。
企業は、年次有給休暇の日数が10日以上の労働者に対し、年次有給休暇のうち5日については、年時有給休暇の付与後、1年以内の期間に時季を定めて有給休暇を与えなければなりません(改正労基法39条7項)。ただし、計画年休により年次有給休暇を与えた場合や、労働者から時季指定されて年次有給休暇を与えて場合には、その与えた日数分に関しては、企業は時季を定めて年次有給休暇を与える必要はありません。
企業が、年次有給休暇の時季を指定するにあたっては、労働者の意見を聴いたうえで、労働者の意思を尊重するよう努めなければならないという努力義務が規定される予定です。
この意見の聴取は努力義務となっていますが、企業が一方的に時季を指定した場合、従業員のニーズとマッチしない可能性があり、従業員満足度が低下する可能性があることから、できる限り、従業員の意見を聴いて反映すべきといます。
さらに、企業は、年次有給休暇の取得状況を確実に把握するために、年次有給休暇の管理簿を作成する義務が規定される予定です。
労働時間等の設定の改善に関する特別措置法(以下、「労働時間等設定改善法」といいます。)の改正
現行の労働時間等設定改善法では、第2条に「事業主等の責務」として、業務の繁閑に応じた始業・終業時刻の設定や年次有給休暇を取得しやすい環境を整備することなどを努力義務としてきていしています。
今回の法改正によって、「事業主等の責務」に、健康及び福祉を確保するために必要な終業から始業までの時間の設定を講ずるように努めなければならないことが追記される予定となっています。
すなわち、事業主に勤務間インターバル制度を導入することを努力義務として義務付けることになります(改正労働時間等設定改善法2条1項)。
長時間労働是正の必要性と労働問題を専門とする弁護士に相談するメリット
近年、長時間労働による過労死や過労自殺の報道が多くなされ、労働者の長時間労働が社会問題となっています。
こうした状況を受け、平成27年、過重労働による健康被害の防止などを強化するため、違法な長時間労働を行う事業所に対して監督指導を行う過重労働撲滅特別対策班(通称「かとく」)が東京労働局と大阪労働局に設置されました。
また、平成26年の総務省の発表では、日本の65歳以上の人口は2010年には23%でしたが、2060年予測では39.9%となり少子高齢化が一層進むことが見込まれています。
15~64歳の生産年齢人口は2013年12月時点で7883万人とですが、今後の予測では2060年には4418万人まで大幅に減少することが見込まれています。
このように、生産年齢人口は益々減少していくので、従来通りの長時間労働に頼る経営方針を継続していては、人材確保が困難となります。
また、労働者側の意識も変化しており、特に若年層については、ワーク・ライフバランスを重視する傾向が強くなっています。
企業としては、こうした社会的変化に対応すべく、長時間労働の事業モデルから脱却を図り、労働者の健康を守るとともに企業を発展していかなければなりません。
ただし、労働時間を削減するにあたっては、法的問題に直面することが多々あります。法的問題を無視して改革してしまっては、かえって紛争の火種を作ることにもなりかねません。
したがって、労働法令に強い弁護士からアドバイスを得ながら改革を進める必要があります。
デイライト法律事務所では、労働関連書籍を執筆(書籍情報はこちら)している弁護士が所属しており、労働法令に強い弁護士がご相談に対応させて頂いております。
長時間労働問題でお困りの場合には、お気軽にデイライト法律事務所までご相談ください。