適応障害|傷病手当等の給付金の要件と申請手続き
適応障害で従業員が働けなくなったとき、賃金の支払を受けられないとなると、生活に困難が生じます。
このような場合、一定の要件を満たすと、傷病手当などの給付金を受けることができます。
ここでは、適応障害の従業員の休職の可否、休職中の給料、傷病手当の要件や申請手続きについて、弁護士がわかりやすく解説していきます。
ぜひ参考になさってください。
目次
休職制度とは
「休職制度」とは、会社に籍を置いたまま、一定期間、労務提供の義務を免除する制度をいいます。
休職制度は、業務外の事由による病気やケガにより労働することが困難な労働者を、直ちに解雇するのではなく、一定期間回復に専念してもらい、復職してもらうことを目的としています。
したがって、労働者は就労不能(仕事ができない状態)であっても、直ちに解雇されないという点で、労働者にメリットの大きい制度です。
休職制度は、法律上の制度ではありませんので、すべての会社が必ずしも休職制度を採用しているとは限りません。
また、休職制度を採用している会社でも、その内容は、会社ごとに異なります。
休職制度を採用している会社であれば、労働者が、業務外の原因により適応障害を発症し、労働が困難となった場合には、休職制度を利用して、休職できる可能性があります。
会社に、休職制度があるのか、ある場合は認められる休職期間がどれくらいか、休職中の処遇については、就労先に確認する必要があります。
適応障害で休職中の給与はどうなる?
会社が任意で採用している休職制度を利用する場合、休職中の給与については、個々の会社の規定によることとなります。
もっとも、賃金は、労務提供の対価として支払われるものであることが前提ですので、労務提供がない場合には、会社は賃金を支払う必要がないというのが原則です(これを「ノーワークノーペイの原則」ということがあります)。
そうすると、休職中には当然労務の提供がないわけですから、賃金の支払もないのが通常であり、会社が休職制度の内容として、休職中の労働者の賃金について特別な規定をしていない限り、休職中の労働者には、賃金の支払はないと考えられます。
会社としては、休職制度を採用するが、特に休職中の労働者に対して賃金を支払うつもりがない場合には、就業規則等において、休職期間中は無給であることを明示的に規定しておくことが、トラブル防止の観点から有用です。
企業は、休職制度を設ける場合、就業規則中に、「休職期間中は、無給とする。」と明記する。
休職期間満了時に復職できない場合どうなる?
休職期間満了時に復職可能な状態になく、復職できない場合、自然退職または解雇となります。
適応障害のような精神疾患の場合には、休職期間満了時に復職できる状態か否かについて、会社と労働者との間で意見が食い違い、争いとなることもあります。
会社と労働者とで意見が食い違う場合には、双方ともに、弁護士に相談されることをお勧めします。
また、一旦復職した後に、病気が再発した場合には、再度休職することが考えられますが、前回の休職と同じ病気での休職の場合、休職期間が、会社が認めている休職期間から前回の休職期間を引いた残りの期間しか認められないこともあり得ます。
こうした点も会社が就業規則において、どのようにルールを定めているかがポイントになります。
逆にいえば、会社は休職制度を設ける場合、しっかりと期間満了時の法律関係や休職期間の設定、再度の休職の場合の期間について検討した上で就業規則を作成しなければならないということです。
傷病手当金について
傷病手当金とは
休職中に、賃金の支払を受けられないとなると、労働者の生活に困難が生じます。
そこで、傷病手当金の給付の制度を利用することが考えられます。
傷病手当金とは、健康保険の被保険者が病気やケガのため労働ができなくなった場合に支給される給付金です。
傷病手当金の支給を受けるための要件は?
傷病手当金は、以下の4つの要件をすべて満たした場合に支給されます。
- ① 病気やケガの療養のため休んだこと
- ② 労働することができないこと(就労不能)
- ③ 連続する3日間を含み4日以上労働できなかったこと
- ④ 休んだ期間について傷病手当金の額より多い賃金の支払がないこと
このうち、③連続する3日間を含み4日以上労働できなかったこととはどういうことかについて、詳しくご説明します。
傷病手当金は、病気やケガの療養のため労働できないとき、労働できなくなった日から数えて3日を経過した日から労働できない期間、支給されます。
被保険者(任意継続被保険者を除く。第百二条第一項において同じ。)が療養のため労務に服することができないときは、その労務に服することができなくなった日から起算して三日を経過した日から労務に服することができない期間、傷病手当金を支給する。
引用元:健康保険法|電子政府の窓口
つまり、傷病により休んだ期間のうち、連続する最初の3日間を除き、4日目から支給されます。
この最初の3日間を待期期間といいます。
例えば、3日間連続で休み、翌日に出勤、さらにその翌日から休んだという場合であれば、最初に3日間連続で休んでいますので、翌々日以降休職した日について傷病手当金が支給されることとなります。
また、休んだ期間について、傷病手当金の額より多い賃金の支払を受けた場合は、傷病手当金の支給を受けることができません(上記要件の「④休んだ期間について傷病手当金の額より多い賃金の支払がないこと」)。
ですから、待期期間より後に療養のために休む際、有給休暇を利用すると、有給休暇を利用した日については、賃金が支払われることとなり、その日について傷病手当金の支給を受けられないことになります。
したがって、待期期間より後の療養のための休職について、有給休暇を利用することには注意が必要です。
支給額は?
支給額は1日あたり標準報酬日額( = 支給開始日の以前12か月間の各標準報酬月額を平均した額 ÷ 30日)の3分の2とされています。
標準報酬月額とは、被保険者の報酬月額に基づき、等級区分によって定められた額をいいます。(保険料の額や保険給付の額を計算するのに用いられます。)
基になる報酬には、基本給のほか、役付手当、勤務地手当、家族手当、通勤手当、住宅手当、残業手当等、労働の対象として会社から現金または現物で支給されるものが含まれます。
支給開始日以前の期間が12か月に満たない場合は、次のいずれか低い方の額を使用して計算されます。
- ① 支給開始日の属する月以前の継続した各月の標準報酬月額の平均額の30分の1に相当する額
- ② 支給開始日の属する年度の前年度の9月30日における全被保険者の同月の標準報酬月額を平均した額を標準報酬月額の基礎となる報酬月額とみなしたときの標準報酬月額の30分の1に相当する額
支給期間は?
支給期間は、これまでは、最長で、「支給が始まってから1年6か月」とされていましたが、出勤と欠勤を繰り返した場合、休んだ期間の通算で1年6か月分の給付が受けられるようになりました(2020年7月2日以降に支給が始まった場合)。
業務外の事由により適応障害を発症し、労働が困難となった場合にも、健康保険組合に対して、傷病手当金の支給を申請することが可能です。
申請方法については、下記「傷病手当金の申請について」の項をご覧ください。
会社側は休職する従業員へ傷病手当金について説明しよう
具体的な手続きは、会社が行うことが通常ですので、会社としては、業務外の事由により労働が困難となった労働者が、休職制度を利用する際、賃金の支払がない代わりに、傷病手当金の給付を受けることができることを説明するようにしましょう。
休業補償給付について
傷病手当は、業務外の病気やけがでの休職に対する手当でしたが、業務上の事由による傷病により、労働が困難となった場合には、労働災害と認定されることがあります。
労働災害と認定されると、労働基準監督署から休業補償給付を受けることができます。
例えば、パワハラや職場でのいじめなどが原因で適応障害になったという場合には、業務上の事由による発症であるとして、労働災害と認定される可能性があり、その結果、休業補償給付が支給される可能性があります。
休業補償給付を受けるための要件は?
休業補償給付を受けるためには、以下の3つの要件を満たす必要があります。
- ① 業務上の事由による病気やケガの療養をしていること
- ② 上記の病気やケガの療養のため労働できないこと(就労不能)
- ③ 賃金の支払を受けていないこと
支給額は?
上記の要件を満たすと、休業補償給付および休業特別支給金が支給されます。
支給額は、以下のとおりです。
休業補償給付 = 給付基礎日額の60% × 休んだ日数
休業特別支給金 = 給付基礎日額の20% × 休んだ日数
「給付基礎日額」とは、原則として、業務上の事由による病気やケガの原因となった事故が発生した日または医師の診断によって病気の発症が確定した日(賃金締切日が定められているときは、傷病発生日の直前の賃金締切日)の直前3か月間に被災労働者に対して支払われた賃金の総額を、その期間の暦の日数で割った1日当たりの賃金額をいいます。
なお、直前3か月間に被災労働者に対して支払われた賃金の総額に、ボーナスや臨時に支払われる賃金は含みません。
支給期間は?
休業補償給付については、労働者が業務上の病気やケガの療養のため労働することができないために賃金を受けない日の4日目から支給されます。
この最初の3日間を待期期間といいます(この3日間は、連続している必要はありません)。
業務上の病気やケガの場合、待期期間中については、会社から少なくとも平均賃金の60%の休業補償を受け取ることができます。(平均賃金は、「給付基礎日額」と同様です。)
休業補償給付の支給期間の上限について、特別の定めはありません。
もっとも、療養開始から1年6か月を経過しても治癒せず、かつ、その時点で一定の傷病等級に該当する場合には支給が打ち切られ、以降、傷病補償年金の支給に切り替わります。
休職中も社会保険料の支払いは免除されない
企業側の対応方法
従業員が休職中であっても、社会保険料の支払は免除されません。
一方、上記のとおり、休職中は賃金の支払がないことが多く、その場合、社会保険料のうち労働者負担分について、天引きすることができません。
そのため、労働者から社会保険料を振り込んでもらう必要が出てきます。
社会保険料の徴収方法をあらかじめ明確にしておかないと、会社が社会保険料を立て替え、労働者から徴収できないまま、その労働者が退職してしまうなどといったことが起こりかねません。
実際に、弁護士に相談に来られる会社のケースでは、1年近く徴収できていない状態で、50万円以上回収できていないということもあります。
会社としては、労働者が休職する前に、社会保険料の徴収方法を明確にし、できれば、後述するように会社の代理受領に応じてもらうようにしましょう。
労働者側が気を付けていたほうがいいこと
休職中で賃金の支払がない状態であっても、社会保険料の支払義務は免除されず、「健康保険」「厚生年金保険」「介護保険」の保険料の自己負担分は支払う必要がありますので、注意が必要です。
通常時には、給与から天引きされている場合が多いと思われますので、休職中の社会保険料の支払方法をどうするかは、会社と相談する必要があるでしょう。
傷病手当金の申請について
申請方法
「傷病手当金支給申請書」を作成し、健康保険組合に提出することで申請することができます。
健康保険組合への申請自体は、会社が行うことが通常ですので、労働者が申請を希望する場合、まずは会社の担当者に相談しましょう。
傷病手当金支給申請書は、健康保険組合のホームページからダウンロードすることもできますが、一般的に、会社担当者に相談すれば、用紙を交付してもらえます。
傷病手当金支給申請書には、被保険者(=傷病手当金の支給を希望している労働者)が記入するページと、事業主(会社)が記入するページ、療養担当者(通院している医療機関の医師)が記入するページがあります。
労働者としては、被保険者記入ページの記入のほか、療養担当者記入ページに関して、通院している医療機関の医師に必要事項の記入をお願いすることになります。
事業主(会社)が記入するページの記入及び健康保険組合への申請は、会社が行ってくれることが通常です。
場合によっては、以下のとおり添付書類が必要となります。
添付書類が必要となる条件 | 必要となる添付書類 |
---|---|
支給開始日以前の12か月以内で事業所に変更があった場合 | 以前の各事業所の名称、所在地及び各事業所に使用されていた期間がわかる書類 |
障害厚生年金の給付を受けている場合 | 年金給付額等がわかる書類 |
老齢退職年金の給付を受けている場合 | 年金給付額等がわかる書類 |
労災保険から休業補償給付を受けている場合 | 休業補償給付支給決定通知書のコピー |
ケガ(負傷)の場合 | 負傷原因届 |
第三者による傷病の場合 | 第三者行為による傷病届 |
被保険者が亡くなり、相続人が請求する場合 | 被保険者との続柄がわかる「戸籍謄本」等 |
労働者側の注意点
実際の支給について
傷病手当金の申請は、事後申請となり、申請から約2週間で支給されます。
休職した日とのタイムラグが発生することに注意が必要です。
他の給付との調整について
以下の場合には、傷病手当金の支給額が調整され、一部または全部が支給されません。
- ① 給与の支払があった場合
- ② 障害厚生年金または障害手当金を受けている場合
- ③ 老齢退職年金を受けている場合
- ④ 労災保険から休業補償給付を受けていた(受けている)場合
- ⑤ 出産手当金を同時に受けられるとき
時効について
傷病手当金は、「療養のため労働することができず休んだ日」ごとに請求権が発生します。
「療養のため労働することができず休んだ日」の翌日から2年を経過すると、時効により請求権が消滅しますので、注意が必要です。
保険料等を徴収し、又はその還付を受ける権利及び保険給付を受ける権利は、これらを行使することができる時から二年を経過したときは、時効によって消滅する。
引用元:健康保険法|電子政府の窓口
企業側の注意点
会社は、傷病手当金の支給を希望している労働者に、傷病手当金支給申請書の受取代理人の欄の記入をしてもらうことで、傷病手当金を会社の口座に振り込んでもらう代理受取をすることができます。
これにより、会社は、傷病手当金を一旦会社が受け取り、労働者負担分の社会保険料を控除した上で、差額を労働者本人の口座に振り込むという方法を採ることができます。
日頃、給与を支払っている会社が、社会保険料を控除した上で、傷病手当金の残額を支払う方が、会社としては確実に社会保険料の支払を受けることができ、労働者としても、社会保険料を振り込む煩雑さがないという点で、双方にメリットがあります。
申請には、労働者の記入が必要ですので、会社としては、労働者に説明した上で、労働者に記入してもらい、申請するようにしましょう。
休業補償給付の申請について
申請方法
被災労働者の所属する事業場の所在地を管轄している労働基準監督署に、「休業補償給付支給請求書」を提出することで申請できます。
申請書は、労働基準監督署に備え付けられているほか、厚生労働省のホームページからダウンロードすることができます。
また、会社に申し出ることで、交付してもらえることもあります。
労働者側の注意点
業務の遂行中にケガをした場合等、業務上の負傷であることが明らかである場合には、会社担当者が手続を行ってくれます。
一方、適応障害などの精神疾患の場合、業務との因果関係が明白ではないため、会社が労働災害であると認めないことが多く、休業補償給付の申請にあたって、会社の協力を期待できないことがあります。
会社の協力が得られない場合には、労働者自らが申請書を作成し、労働基準監督署に提出する必要があります。
適応障害が労災認定されるための要件
適応障害などの精神疾患が業務上の理由によるもの、すなわち、労災であると認定されるためには、以下の要件を満たす必要があると考えられています。
- ① 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
- ② 認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
- ③ 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと
②の「業務による強い心理的負荷が認められる」とは、業務による具体的な出来事があり、その出来事とその後の状況が、労働者に強い心理的負荷を与えたことをいいます。
心理的負荷の強度は、精神障害を発病した労働者がその出来事とその後の状況を主観的にどう受け止めたかではなく、同種の労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から評価されます。
ここで「同種の労働者」とは、職種、職場における立場や職責、年齢、経験などが類似する人のことを指します。
いじめやセクハラのように、出来事が繰り返されるものについては、発症の6か月より以前から始まった場合も考えられますので、それが発症まで継続していたときは、それが始まった時点からの心理的負荷が評価されます。
③の個体側要因とは、精神障害の既往歴やアルコール依存状況など、業務のほかに精神障害の発症に影響し得る個人のもつ要因のことです。
このように、適応障害のような精神疾患が労災と認定されるには、医師の診断書があるだけでは足りず、業務上の心理的負荷が適応障害の発症に足る強度のものであったことが根拠資料をもって認定され、業務外の心理的負荷や個体側要因によって発症したものでないことが認定される必要があり、ハードルの高いものとなっています。
また、精神疾患が業務上の理由により発症した場合には、休業補償給付の申請のほか、会社の安全配慮義務違反などによる損害賠償責任を追及することも考えられます。
時効について
休業補償給付は、「療養のため労働することができないため賃金を受けられない日」ごとに請求権が発生します。
その翌日から2年を経過すると、時効により請求権が消滅しますので、注意が必要です。
引用元:労働者災害補償保険法|電子政府の窓口労働者災害補償保険法|電子政府の窓口
企業側の注意点
適応障害のような精神疾患が労災認定を受けるには、上記のとおり、ハードルが高くなっています。
しかし、全く認められないものでもありません。
会社側としては、まず、不用意に労災申請書類に証明書印を押さないということが必要です。
すなわち、精神疾患については、因果関係を巡って労使双方に言い分があるケースがほとんどです。
そのような場合に、特に留保もつけず、申請書類に会社が証明印を押してしまうと、会社が労災を認めたと誤った認識を各所に与えてしまうことになります。
したがって、くれぐれも申請書類の内容を確認した上で対応しなければなりません。
精神疾患と労災認定という問題に密接にかかわる問題として、労働者が精神疾患を発症したことについて、会社の安全配慮義務違反などを理由に、労働者が会社に対し、損害賠償請求をすることがあり、これが認められる場合があるということがあります。
安全配慮義務違反があったと判断された場合には、会社は、以下のような損害賠償責任を負うこととなります。
- ① 治療費
- ② 通院交通費
- ③ 休業損害
- ④ 慰謝料
- ⑤ 後遺障害慰謝料
- ⑥ 逸失利益
このうち、労災保険の支払の対象となるのは、治療費、通院交通費、休業損害、逸失利益であり、慰謝料、後遺障害慰謝料については、労災保険の補償の対象外となっています。
また、休業損害について、労災保険で補償されるのは、上記のとおり、平均賃金の60%ですから、少なくとも残りの40%部分については、会社が支払う必要が出てきます。
したがって、こうした金銭的なリスクを回避するためにも、セクハラ、パワハラをはじめとしたハラスメントには、企業は適切に対策を打っていかなければなりません。
適応障害による休職期間中に企業・労働者が押さえておくべきポイント
【労働者側】休職中の過ごし方
会社への最低限必要な連絡は行う
休職中も、会社に在籍していることに変わりはありませんから、会社から、最低限必要として求められている連絡は行わなければなりません。
医師の指示に従い、治療に専念する
療養のための休職ですので、医師の指示に従い、治療に専念することが重要です。
就業規則に、「休職期間中、治療に専念し、私傷病の回復に努めなければならない」と規定されていることも多くあります。
では、休職期間中に、旅行に行ったり、外出して遊んだりすることは、この規定に違反する行為として全く許されないのかというと、そんなことはありません。
治療に専念するというと、入院したり、自宅で安静にしたりということを想定されることが多いと思います。
とはいえ、身体に明確な異常がないような病(精神疾患など)の場合、入院や自宅での安静が絶対に必要なわけではない場合も多くあります。
そのような場合には、旅行に行ったり外出して遊んだりするといったことが、かえって、回復を早める可能性もあると考えられるため、直ちに治療に専念していないということにはなりません。
労働者としては、医師に相談し、医師の指示に従って、治癒のために行動することが大切です。
【企業側】休職者の管理について
休職中は治療に専念できるよう配慮する
会社としては、休職者が治療・療養に専念できるよう、配慮するようにしましょう。
たとえば、休職者が、復職できるのかどうかなどに不安を感じ、その不安感のためにかえって療養に専念できないといったことをなくすため、会社としては、十分な情報提供を行い(①傷病手当金などの経済的な保障について、②不安や悩みの相談先の紹介、③公的または民間の職場復帰支援サービスの紹介、④休業の最長期間など)、相談できる場を設けておくことが考えられます。
また、休職者との連絡は、休職者に不要な精神的負担を負わせることのないよう、普段の上司や同僚ではなく労務担当者が行うこととし、電話ではなくメールで行うようにするなどの配慮をすることが考えられます。
休職者との連絡をメールで行うことには、内容が記録に残るというメリットもあります。
休職中の労働者の行動についての対応方法について、詳しくはこちらをご覧ください。
適応障害の休職者が退職を希望する場合
労働者側がすべきこと
休職者が、退職を希望する場合、会社に退職願を提出する方法が考えられます。
退職願を提出することによって、会社との間の雇用契約を解約する申込みをすることができます。
会社が、労働者の解約の申込みに対して承諾すると、雇用契約は解約されます。
たとえ、労働者が後に退職願を撤回したいと考えたとしても、会社の承諾以後は、雇用契約の解約が成立してしまっていますので、撤回することができません。
したがって、労働者としては、退職願を提出する前に、本当に退職をしてよいのか、よく考える必要があります。
企業側の対処法
休職者が退職願を提出した場合には、会社はそれを受け取って問題ありません。
退職の申入れに応じる場合には、休職者に対し、退職を承諾することになります。
適応障害のような精神疾患の場合、労働者が精神的に不安定になっているために、突発的に退職願を提出しては、その撤回を主張する事態も起こり得ます。
会社としては、一度、退職の申入れに対し承諾したならば、労働者の撤回の主張に応じる必要はありません。
一方、会社が承諾する前であれば、通常は、労働者は退職の申入れを撤回することができますので、雇用契約は存続することになります。
退職の申入れに対し、会社がどのような対応をしていれば、承諾したといえるかについては、個々の具体的な事情により判断されますが、後のトラブルを防止するためには、退職を承諾したことを証明する書類などを労働者に発行するなどしておくとよいでしょう(退職届を受理した旨をメールで送るというのも一つの方法です。)。
また、労働者が、自ら退職願を提出し、会社が承諾しただけなのに、後になって、不当解雇を主張されるような事案も存在します。
このような場合、会社としては、労働者からの退職の申入れによって、雇用契約が終了したと主張することになりますので、退職願が証拠となると考えられます。
精神疾患を発症した労働者が退職を申し出ている場合の、会社の対応方法について、詳しくはこちらをご覧ください。
適応障害で休職中から復職する場合に企業・労働者が行うべきポイント
労働者側
復職したいことを会社に伝える
療養の結果、労働することができる状態に回復した場合、会社に復職したいことを伝える必要があります。
主治医に就業条件について記載してもらった診断書を提出する
会社に復職したいことを伝える際には、主治医から「就労可能である」ことを記載した診断書をもらい、会社に提出しましょう。
復職したいという本人の意欲だけでは、復職が早すぎると判断されて、復職が認められない可能性があります。
復職を急いだことで、かえって症状が悪化し、休職を繰り返すことになっては、元も子もありませんので、復職が可能な状態かどうかにつき、医師の診断を受け、診断書を会社に提出するようにしましょう。
会社は、労働者が復職可能な状態であるかどうかを慎重に判断するため、主治医の診断書のほか、主治医に直接照会したり、産業医との面談・受診を求めることもありますので、復職を希望する労働者としては、これに対して、同意書にサインするなどして、真摯に対応するようにしましょう。
企業側
復職の可否について主治医の診断書を提出させる
休職者が復職可能な状態かどうか慎重に判断するため、休職者が復帰を希望してきた場合には、必ず主治医の診断書の提出を求めましょう。
特に、精神疾患の場合には、休職者本人が自身の状態を適切に把握できていない場合もあり、復職が早すぎるという可能性がありますので、客観的な主治医の意見を求めることが大切です。
診断書は休職者本人に持参してもらい、実際に休職者から、現在の生活や体調などについて話を聞くことができれば、本人の状態を直接確かめることができ、復職可能かどうかの判断の材料となるのでよいでしょう。
聞き取った内容は、記録に残しておくようにしてください。
場合によっては、休職者本人に同行して、主治医に話を聞きに行くことも考えられます。
復職後の業務内容などを主治医に伝えた上で、復職の可否を判断できる点で有用です。
また、実際に復職した場合に、配慮すべき点などについても確認することができます。
ここでも、聞き取った内容は、記録に残しておくようにしてください。
産業医面談を実施する
産業医がいる場合には、産業医との面談・受診を求めることで、より慎重な判断が可能となります。
主治医だけの意見では、どうしても復職を希望する患者である労働者本人からの強い要請からやむを得ず、診断書を作成したが本当はもう少し休職したほうがよいといったケースやそもそも仕事内容を主治医が理解していない状態で復職診断書を作成したというケースも散見されます。
産業医との面談では、通院・治療状況、自覚症状、生活・睡眠のリズム、復職に関する本人の考え等を確認し、回復が十分で、復職可能な状態であるかを確認することとなります。
復職後の就業条件や仕事内容に関する注意点を確認する
復職後、時短勤務から段階的に勤務時間を延ばすといったことや、負荷の軽い業務から復帰させるといった就業条件について、労働者との間で、確認しておく必要があります。
休職者の「通勤訓練」や「リハビリ出勤」を検討する
「通勤訓練」とは、復職を希望する休職者が、一週間程度の期間、毎日同じ時刻に、会社近くの図書館など職場付近の一定の場所に行き、その場所で一定時間を過ごして、帰宅することができるかをチェックすることをいいます。
復職をすれば、毎日同じ時刻に通勤する必要が出てきますので、それができる状態であるかを確認するということです。
休職者には、1週間程度の期間を定めて、上記の行動を行い、できたかどうかをメールなどで報告するように求めます。
「リハビリ出勤」とは、本格的な復職に先立って、休職者に会社に出勤してもらい、一定時間を会社で過ごしてもらうようにすることをいいます。
リハビリ出勤を活用することで、本格的な復職がスムーズに行えることが期待できます。
休職中の出勤で、労務提供をさせず、身の回りの整理や読書などをさせる場合は、賃金等の支払はありませんが、かわりに、継続して傷病手当金が支給されることとなります。
この点について、会社は労働者に対し、しっかり説明を行い、理解を得ておきましょう。
リハビリ出勤において、業務をさせる場合には、賃金の支払が必要となりますので、注意が必要です。
「リハビリ出勤」を行う際の注意点について、詳しくはこちらをご覧ください。
復職後の労働者に対して企業が注意すべきポイント
勤務時間の長さについて、柔軟に対応すること
復職後すぐは、午前中のみの出勤とし、徐々に勤務時間を長くするなどして、復職した労働者にいきなり大きな負荷がかからないように配慮しましょう。
精神的負荷の小さな業務から復帰させること
窓口業務、苦情処理業務、運転業務などや、危険を伴う作業、高所での作業などは、復職したての労働者の負担となり、再び精神疾患を発症することにつながり得ることから、避けるようにしましょう。
従前の業務に戻す際にも、労働者の状態を見て、段階的に行うよう配慮しましょう。
残業、深夜業務をさせないこと
復職直後の時短勤務を経て、定時までの就業が可能となっても、すぐに残業や深夜業務をさせないように注意しましょう。
服薬との関係で問題のある業務に就かせないこと
運転業務や機械を使用する業務などを行わせる場合には、服用中の薬との関係で問題がないか確認するようにしましょう。
復職時に服用している薬については、復職可能か判断する際に主治医に聞いておくとよいでしょう。
参考:心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き |厚生労働省
まとめ
適応障害などの精神疾患による休職は近年増えており、休職中の給付の制度や復職の判断についてなど、労使双方が知っておくべき点は多くあります。
特に、復職については、労使間でトラブルになることも少なくありません。
対応方法に困った場合には、労使双方とも、早期に弁護士に適切な対応方法を相談し、状況によっては労使間の調整を依頼されることをお勧めします。
また、会社が、休職制度や、リハビリ出勤の制度の導入を検討される場合には、就業規則の変更が必要となるため、弁護士に相談されることをお勧めします。