【2022年4月施行】パワハラ防止法。中小企業が取るべき対策とは?
パワハラ防止法とは、パワハラなどの雇用上の問題について企業が取るべき対応等を示している法律です。
ハラスメント問題に関する企業の意識・取り組みを変えるために、パワハラの定義なども整理されることとなりました。
この記事では、パワハラ防止法によって企業がどのような対応を取る義務が生じるのか、パワハラ防止法に違反するとどうなってしまうのか、企業がパワハラを防止するためのポイントは何かなどについて詳しく解説を行います。
パワハラ防止法とは?
パワハラ防止法の正式名称
パワハラ防止法の正式名称は、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定および職業生活の充実等に関する法律」といいます。
正式名称が長く、分かりにくいため、略称の方が一般的な名称となっています。
以前は雇用対策法などと呼ばれていましたが、近年の改正によってパワハラ等に関する規定が増えたことでパワハラ防止法と呼ばれるようになりました。
パワハラ防止法の主な内容
①パワハラの定義(パワハラ防止法30条の2第1項)
パワハラ防止法では、パワハラの定義といえるものが明文化されています。
具体的には、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害される」行為を指します。
この定義の中には3つの要素がありますから、それぞれについて解説をしていきます。
優越的な関係を背景とした言動とは、その言動を受けた従業員が今後の業務を行うにあたって、抵抗または拒絶をすることができない可能性が高い関係性を背景として行われるものを指します。
一番分かりやすいのは上司と部下の関係性ですが、同僚や部下による言動であっても当てはまる場合はあります。
例えば、Aさんの立場から見て、Bさんは必要な知識や経験を豊富に持っている同僚であり、今後もBさんと協力しなければ仕事ができないという場合、Bさんが行う言動は「優越的な関係を背景とした言動」にあたります。
また、同僚間で行われる集団によるいじめもここに含まれます。
業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動とは、社会通念に照らして明らかに業務上必要性がないもの、またはその態様が相当でないものを指します。
業務上明らかに必要性がないものの例としては、気に入らない部下に対して指導と称して物を投げつけたり暴行を加えたりする行為が挙げられます。
また、態様が相当ではないものの例としては、長時間大勢の前で叱責を続けるといった行為が挙げられます。
この例のように分かりやすい言動については、パワーハラスメントに該当するかどうかの判断はさほど難しくないでしょう。
しかし、世の中にはハラスメントに当たるかどうかが微妙な事例もたくさんあります。
業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動であるかどうかは、以下のような事情を総合的に考慮して決められるべきとされています。
- 言動の目的
- 言動を受けた従業員の問題行動の有無や内容、程度を含む当該言動が行われた経緯や状況
- 業種や業態
- 業務の内容や性質
- 当該言動の態様、頻度及び継続性
- 従業員の属性や心身の状況
- 行為者との関係性
「従業員の就業環境が害される」とは、当該言動によって従業員が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、従業員の就業環境が不快なものとなったために、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、就業する上で看過できないような支障が生じることを指します。
この判断にあたっては、平均的な従業員だったらどう感じるかという視点が基準とされます。
よくある誤解として、「受け手がパワハラと感じたらパワハラに当たる」というものがありますが、これはパワハラという概念が浸透していない頃に、パワハラというものの存在を分かりやすく印象付けるために用いられていた説明です。
実際の判断でこのような誤解をすることのないように注意が必要です。
これらの定義を全て満たすものとして、以下の6つの類型が例示されることがありますので、これらについても紹介をしておきます。
ただし、この6つの類型はあくまでも代表的なものであり、6つの類型以外の行為でもパワハラに該当する可能性はあるということは忘れないようにしてください。
- 身体的な攻撃
- 精神的な攻撃
- 人間関係からの切り離し
- 過大な要求
- 過小な要求
- 個の侵害
以下では、どのような行為がそれぞれの類型に当てはまるかを簡単に解説していきます。
具体例としては殴打や足蹴りを行ったり、物を投げつけるなどの行為が想定されます。
これに対して、うっかりぶつかってしまったような場合はパワハラには該当しません。
精神的な攻撃として考えられるものとして、「お前のようなやつは何をやっても駄目だ。」「こんな仕事しか出来ないのか、給料泥棒め。」などといった人格を否定するような言動がすぐに思い付きます。
このほか、必要以上の長時間にわたる叱責や大勢の前で見せしめのように叱責を繰り返し行った場合にも精神的な攻撃の枠組みに当てはめてパワハラと認定される可能性が高いでしょう。
他方で、業務上のミスや規則違反などに対して注意を繰り返している場合や重大な問題行動があったことに対して厳しく叱責することなどは、業務上必要かつ相当な範囲を超えていないと判断されることが多いでしょう。
ただし、叱責をするのが当然という場合でも、言葉は慎重に選ぶように気を付けましょう。
単に「バカ」や「アホ」などと言うだけだと注意の内容がともなっていないため、パワハラ発言となる可能性が高いでしょう。ついつい、口に出てしまうこともありますので、くれぐれも注意してください。
人間関係からの切り離しという類型は、同僚が集団で無視をしたり、上司が気に食わない従業員を別室に隔離したりといった行為が当てはまります。
従業員の能力に見合わないことが誰の目からも明らかな業務を与えて、ミスに対して厳しく叱責をするような行為は過大な要求としてパワハラに該当する可能性があります。
他方で、会社としては従業員を育成するということも必要です。
そのために従業員の力よりも高いレベルの業務を任せることは許容されますから、問題は従業員育成のやり方や程度ということになるでしょう。
また、繁忙期に普段よりも多い仕事量を任せざるを得ないという場合にも、パワハラには当たらないことがほとんどだと思われます。
過大な要求はパワハラに当たりますが、反対に過小な要求をしている場合にもパワハラに該当する可能性があります。
具体的には当該従業員を退職に追い込むために業務量を意図的に激減させたり、能力のある従業員に誰にでもできる簡単な仕事しか与えないなどはパワハラとされる可能性があります。
他方で、能力に合わせて業務量や業務内容を調節した結果として業務量が減ったり仕事内容が簡単になったりという場合には、パワハラには当たりません。
職場外でも従業員を監視したり、個人情報を暴露したりする行為はこの侵害としてパワハラに当たります。
他方で、業務等に関して従業員に配慮をするために家族の状況等についてヒアリングを行うといった行為はパワハラには当たらないと判断されます。
②企業が取るべき措置の義務付け(パワハラ防止指針)
パワハラ防止法は企業に対して、パワハラを防止するための措置を取るよう要請しています。
パワハラ防止法の記載だけでは具体的にどのような措置を取ればいいのかが分かりませんが、厚生労働省が公開しているパワハラ防止指針において、詳細に説明がされています。
この記事でもパワハラ防止指針の内容は詳しく紹介しますが、一度はパワハラ防止指針も目を通しておくとよいでしょう。
中小企業も対象?
パワハラ防止法が改正された当時は、パワハラ防止措置を取る義務があったのは大企業のみでした。
しかし、2022年4月1日以降は全ての会社においてパワハラ防止措置を取らなければならなくなっていますから、中小企業も対象ということになります。
中小企業が対象となったことで、日本国内で活動をする企業は全てパワハラ防止措置を取る義務があることになりました。
経営者がほとんどの業務を担い、従業員が1、2名しかいないといった小規模な会社であっても、同様の義務があります。
相談を受けていると、この点が理解できていない方も散見されますので、まだまだパワハラ防止法の対象拡大については浸透してないと感じます。
なお、パワハラ防止法において中小企業は以下の条件を満たす企業のことを指しています(パワハラ防止法令和元年六月五日法律第二十四号 附則第3条)。
- ① 国、地方公共団体及び行政執行法人以外の事業主
- ② 資本金の額または出資総額が3億円以下
※小売業またはサービス業については5000万円以下、卸売業については1億円以下 - ③ 従業員数が300人以下
※小売業は50人以下、卸売業またはサービス業は100人以下
パワハラ防止法を守らないとどうなる?
パワハラ防止法に罰則はあるの?
パワハラ防止法において企業に求められている内容を守らなかった場合、現行の法律では特に罰則が定められているわけではありません。
したがって、パワハラ防止法に違反しても、そのこと自体が何かの犯罪に当たるというわけではありません。
しかし、次に解説するようにパワハラ防止法に違反すると会社にとって不利益なことも起こり得ます。
罰則がないからパワハラ防止法を守らなくてもよいということではありませんから、注意をしましょう。
会社へのペナルティ
①国からの公表
パワハラ防止法には刑事罰の規定はありませんが、パワハラ防止法に違反していることが行政に発覚してしまった場合にはペナルティを受ける可能性があります。
パワハラ防止法違反となっている状態を解消するよう助言・指導又は勧告が行われ、それらに従わなかった場合には、企業名が公表されてしまう可能性があるのです。
第三十三条 厚生労働大臣は、〜(中略)〜事業主に対して、助言、指導又は勧告をすることができる。2 厚生労働大臣は、〜(中略)〜違反している事業主に対し、前項の規定による勧告をした場合において、その勧告を受けた者がこれに従わなかつたときは、その旨を公表することができる。
企業名が公表されるということは、「この会社はコンプライアンス違反を犯している」ということを世間一般に広く周知されるということです。
一昔前であれば、犯罪でもない限り特に気にしないという会社も多くあったかもしれませんが、今は社会全体のコンプライアンスに対する意識が高まっています。
公表を甘く捉えていると、取引先などが取引の停止に踏み切ることも考えられますから、刑事罰を受ける以上に会社に与える打撃が大きくなってしまう可能性があります。
そのようなリスクを避けるためにも、罰則規定がなくともパワハラ防止法はきちんと守らなければなりません。
②社会的な報道による信用低下
企業名の公表は行政によるものですが、週刊誌などの報道機関によってパワハラ問題が社会に広く周知されてしまう可能性もあります。
ニュースバリューのある大企業はもちろんですが、事案の性質によっては中小企業であっても報道される可能性は十分にありますから、このリスクは軽視できません。
仮に報道をされてしまった場合、社会から「この会社はパワハラを行うような従業員がいる、パワハラを防止する手段もきちんと取れていない劣悪な労働環境にある」と認識されてしまいます。
このように、企業内でパワハラが行われた事実が報道されてしまった場合には、行政によって公表が行われた場合と同様に社会的な信用は大きく低下してしまうと考えられます。
今はSNSなどで一気にニュースが拡散されてしまいますから、注意が必要です。
③安全配慮義務違反による損害賠償責任
会社は、従業員と雇用契約を締結していますが、雇用契約上の付随義務として、会社は従業員に対して働きやすい職場環境を整備する義務(職場環境配慮義務)があると考えられています。
パワハラが発生すると、会社が職場環境配慮義務に違反しているかどうかが問題となります。
この義務に違反していると評価されてしまった場合、パワハラの被害者は会社に対して債務不履行責任として損害賠償請求をすることが可能になります。
また、債務不履行責任だけでなく、従業員によるパワハラという不法行為の責任を使用者である会社に追及することも可能です。
これを使用者責任といいます。
この2つは、法律構成が違うだけで、会社がパワハラの被害にあった従業員に対して金銭的な賠償を行わなければならないという点は一緒です。
法律構成の違いからどちらか一方が否定されて、もう一方が認められるということもあり得ます。
実際にどのような損害を賠償しなければならないかについても解説をしていきます。
まずは慰謝料です。
パワハラを理由とする損害賠償請求の場合、ほとんどの事例で慰謝料の請求が行われます。
慰謝料の相場はどのようなパワハラが行われたかによって異なりますが、以下にいくつか事例を挙げておきます。
事例 ホンダ開発事件 東京高判平29.4.26
すると、上司の一人が「君のやっていることは考えなくてもできる作業だ。仕事ではない。」などと発言し、別の上司は飲み会の場で「多くの人がお前を馬鹿にしている。」などと発言をしました。
また、Aさんはその後に総務係からランドリー班へと部署異動することとなりました。
ランドリー班は、社内で問題社員が所属するとされている部署でした。
また、飲み会の場での発言は、私的な場におけるものではあるものの、発言内容から業務に密接に関連していると捉えられ、職場におけるものと同視されました。
更にランドリー班への異動は、上司らの言動と一体と考えれば、Aさんに対して、社員として通常感受するべき程度を著しく超える不利益を課するものと評価されました。
事例 三洋電機コンシューマーエレクトロニクス事件 広島高裁松江支部平成21.5.22
Aさんは、同僚について「以前の職場で何億円も使い込んで異動させられた。」などと誹謗中傷を行いました。
この行為に対して人事担当者がAさんを指導するも、Aさんはふてくされたような態度を取っていました。
その態度に人事担当者が激怒し、大声で「全体の秩序を乱すようなものは要らん。一切要らん。」と叱責しました。
裁判所は、会社に慰謝料10万円の支払いを命じました。
正当な目的であっても、表現が不適切であればパワハラになってしまうということを示す裁判例といえます。
問題社員の指導には細心の注意を払わなければなりません。
これらの裁判例のように、パワハラを理由とする慰謝料の相場は数十万円から100万円程度となることが大半です。
しかし、パワハラによって被害者がうつ病などを発症したり、休職・退職に追い込まれてしまったりといった事情が存在する場合には、数百万円単位の高額な慰謝料となることもあり得ます。
以下の事例はそのような傾向を示す裁判例です。
事例 東京地裁平成20.4.22
液晶テレビ生産工場において、新規生産ラインの立ち上げのため、特定の従業員に長時間の残業を強いるなどした結果、従業員Aがうつ病に罹患してしまいました。
業務内容の新規制や繁忙かつ切迫したスケジュール等が、従業員に対する肉体的・精神的負荷を与えた過大な要求であると認定しました。
従業員が欠勤したり、新規業務を断っているにもかかわらず、負担軽減策を取らずにうつ病に罹患させた点が使用者としての安全配慮義務に違反するとされました。
パワハラが認定されてしまうと、このように会社にも賠償義務が発生することがあります。
特に中小企業は、一気にキャッシュが減少することによって経営そのものが傾くこともあり得ます。
そのような事態を避けるためにも、パワハラを未然に防止するための対策を講じることが必須といえます。
会社が実施しなければならない4つの対策
パワハラ防止法において会社に求められている措置、対策は以下のようなものになります。
いずれも実施が困難というものではありませんので、もしも実施できていないものがあればすぐに対策に取り掛かるべきです。
会社の方針等の明確化及びその周知・啓発
まず1つ目の対策として求められているのは、会社の方針等を明確化することとその方針を周知、啓発することです。
①就業規則への定め
会社の方針を明確化する際に最も分かりやすいのは、就業規則などで職場でのパワハラの禁止を明文化することでしょう。
ただし、就業規則にパワハラに関する条項を置いたとしても、就業規則を逐一確認する従業員などほとんどいませんから、会社側がきちんと周知をする努力をしなければ、パワハラ防止法で求められている対策を実行したことにはなりません。
どのような行為がハラスメントにあたるかということすら理解していない従業員もいる可能性が否定できませんから、周知の際には簡単にハラスメントにあたる具体例を示してみてもいいかもしれません。
なお、就業規則にパワハラを禁止する規定を置いたときにしか周知を行なっていないと、後から入社した従業員が就業規則の内容を知らなかったり、昔から在籍している従業員も内容を忘れてしまったりということになりかねません。
可能であれば、定期的にこのあと解説する研修などを通じて周知を繰り返すことをお勧めします。
②パワハラに関する研修の実施
従業員への啓発という観点では、パワハラに関する研修を実施することがお勧めです。
研修を行ったという事実は客観的に残るものですし、研修の内容をきちんと吟味すれば従業員への啓発を怠っていたとは判断されないでしょう。
会社内部できちんとした研修を行えるのであればそれでもよいかもしれませんが、労働問題に詳しい弁護士に研修の依頼をしてみるのも1つの手段です。
対象者も一般の従業員を対象としたもの、部長などの管理者を対象としたものに分けるなどして行うとそれぞれの立場に応じて、ハラスメントについての必要な理解を深めることができるため効果的です。
相談窓口を設置する
2つ目の対策として、ハラスメントの相談に対応するための相談窓口を設置することが挙げられます。
ハラスメント相談窓口の設置方法は特に定められてはいませんが、次のように2つの方法を併用することがおすすめです。
社内の相談窓口の設置
まずは、社内にハラスメントの相談窓口を設置しましょう。
ハラスメント相談窓口の担当者を決めて研修を行い、必要に応じて人事部等との連携を取れるようにします。
このように社内のハラスメント相談窓口を設置することで、従業員が相談するまでに乗り越えるハードルが低いため、会社側が問題を素早く察知することが可能になります。
問題がまだ重大化していない段階では、「この程度で相談して面倒だと思われないか」「法的にハラスメントではないと言われたらどうしよう」などと考えて、外部に電話をかけたり相談に赴いたりするのは気が引けるという従業員もいるかもしれません。
その点、社内に相談窓口があれば、「人に聞かれずに相談できるならとりあえず…」と気軽に相談をしてくれる可能性があります。
ハラスメントに当たらないような事案も含め、すぐに相談しやすい環境を作るということ自体が社内のハラスメント相談窓口の存在意義です。
また、相談者がハラスメントの調査を希望した場合、社内の相談窓口であれば関係者や相談者とのアクセスが容易ですから、調査がスムーズに行えることが予想されます。
迅速に事実調査等が行われる結果、問題解決までの期間も短くなる可能性がありますから、この点も社内相談窓口のメリットといえるでしょう。
他方で、ハラスメントの相談窓口を社内だけに限定すると、次のような懸念も残ります。
社内にハラスメント相談窓口を設置する場合、専属の従業員を置くことはあまり考えられませんから、一部の従業員に通常業務と兼任をしてもらうことになります。
そうすると、担当従業員の負担が大きく、通常業務に支障が出ることが考えられます。
また、専門的な知識に基づいた正確な判断を求めるのも酷ですし、相談者側も会社の中で相談した事実が噂にならないかなどの不安も完全に払拭できる訳ではありません。
そのため、次のように相談窓口を外部にも設置して併用することが最も望ましいのです。
相談窓口を外部委託する
相談窓口を外部に委託する場合、その候補としては弁護士や社労士、営利企業などが挙げられますが、基本的には弁護士がお勧めです。
その理由は、ハラスメント問題に関する対応が最後まで可能なのは弁護士だけだからです。
外部の相談窓口はそのための費用がかかるというデメリットこそありますが、それを上回るメリットが多く存在します。
社内のハラスメント相談窓口のデメリットとの対比になりますが、相談窓口を外部に設置する場合、社内の相談窓口と併設していたとしても、主な相談対応は外部の相談窓口が行うことになるでしょう。
そうすると、社内の相談窓口を担当する社員は社外の相談窓口へ繋ぐ役割としての位置付けになりますから、負担感は相当軽減されるはずです。
また、会社の規模によっては、社内の相談窓口を設置しないという選択も可能になりますから、会社の負担はやはり少なくなるでしょう。
外部のハラスメント相談窓口は、職場の人間関係、立場等を一切気にする必要がありません。
そのため、従業員が相談をする際に他の従業員に話が漏れたらどうしようと不安に思う必要もありませんし、ハラスメントに関する判断を行う際にも公平な判断が担保されます。
職場での関係性を気にする事なく相談ができるというのは、従業員にとっては大きなメリットです。
外部のハラスメント相談窓口を設置する場合、基本的には弁護士等の専門知識を有する機関に委託をすることとなります。
社内の相談窓口では、どのような場合にハラスメントに当たるのか、そのハラスメントに対してどう対処するべきなのかを判断するための知識が乏しいと思われます。
専門知識を有する外部の窓口に委託することで専門性のある判断や対応が可能になりますから、会社にとっても従業員にとってもハラスメント問題の解決に有益といえます。
会社が外部にハラスメント相談窓口を設置したということが周知されると、会社全体でハラスメントに関する意識が高まることが予想されます。
「これを言うとハラスメントになるのではないか」「何かあったらすぐに外部の窓口に相談されるのではないか」といった危機感が生まれ、ハラスメントを未然に抑制できる可能性があると考えられます。
そもそも問題を起こさせないことが一番のハラスメント問題の解決策ですから、このような抑制効果も無視できません。
事後の迅速かつ適切な対応
会社がパワハラを許さないという姿勢を明確にし、窓口等を設置していても、パワハラが起きることもあるでしょう。
パワハラ防止法は、そのような場合において、会社が事後に迅速かつ適切に対応することも求めています。
それではどのような対応をすれば迅速かつ適切な対応といえるでしょうか。
まずは、事実関係を迅速かつ正確に確認することが求められます。
相談窓口を設置しているのであれば、当該窓口において当事者から事実関係を聞き取り、必要に応じて第三者への聴取等の調査を実施しましょう。
そして、調査の結果、パワハラが起きたという事実が確認できた場合には、パワハラ被害者のための配慮を適切に行う必要があります。
例えば、加害者と被害者を引き離すために配置転換を行なったり、加害者に謝罪を行わせたり、被害者のメンタルケアを行う努力をするといった行動を取る必要があります。
また、パワハラを行なった加害者に対して、適切な処分を与える必要があります。
ここで注意すべきことは、適切な処分とは必ずしも重い処分というわけではないということです。
軽微なパワハラで懲戒解雇などの処分を与えると、かえって加害者から不当解雇として責任を追及されるおそれがあります。
パワハラを許さないという姿勢はもちろん大切ですが、パワハラとひとまとめにするのではなく、個別の事案に応じて妥当な処分を下すよう心がけましょう。
また、謝罪についても、被害者は加害者から謝罪してもらいたいわけではなく、もう関わらないでほしいというケースもあれば、直接の謝罪を希望されるケースもあるでしょう。このように被害者の意向に応じても対応策が変わってくるので、配慮して決定する必要があります。
ここまででパワハラ事案への対処は一区切りとなりますが、再びパワハラが起きることのないよう、再発防止にも取り組む必要があります。
再発防止のための取り組み内容は1つ目の対策と同じようなものとなるでしょうが、その内容が本当に十分であったかを吟味した上で取り組むようにしましょう。
秘密の厳守及び不利益取扱の禁止
ここまで紹介した3つの対策がパワハラ防止法の求める基本的な措置の内容です。
4つ目の対策は、これら3つの対策を取る際に合わせて注意すべきポイントとして挙げられています。
パワハラに関する相談内容は相談者や行為者のプライバシーに深く関わるものですから、その取り扱いには十分注意をする必要があります。
具体的には、相談者や行為者のプライバシー保護のために必要な事項を予め相談担当者に周知するとともに、必要な研修も実施しておくことが必要になります。
また、パワハラの相談をしたことを理由として解雇等の不利益な取り扱いをしてはならないということにも注意が必要です。
相談窓口を周知する際に、相談を理由に不利益な取り扱いを受けることはないということを合わせて周知しておきましょう。
パワハラを防止する5つのポイント
社内規程を整備する
まずは、就業規則などの社内規定をしっかりと見直すことから始めましょう。
就業規則には以下のような事項を定めるべきです。
- ① パワハラをしてはならないこと
- ② パワハラに当たる行為の定義
- ③ パワハラをした場合に下される懲戒処分の内容
これらの事項を就業規則に定めることで、パワハラをしてはならない、パワハラをすると懲戒処分を受けるのだということを従業員に意識付けることが期待できます。
また、このような規定を置いていない場合、パワハラを理由に懲戒処分を行うことができないこともあり得ます。
③の規定がなくとも、「その他就業規則の定めに違反したこと」などの包括的な条項に当てはめて懲戒処分を行うことも考えられますが、問題となっている行為を包括的な条項の適用対象とできるのかどうかを争われるリスクを抱えることになりますから、注意が必要です。
パワハラに関する就業規則の規定例として以下の書式をご覧ください。
また、自社の就業規則に既にパワハラに関する規定を置いているという場合でも、その規定が十分な内容となっているかは一度確認をするべきです。
労働問題、特にパワハラの問題に詳しい弁護士に就業規則を確認してもらうことでより万全の体制を整えることができるでしょう。
社内規定の確認と一緒に従業員への研修なども依頼できれば、よりパワハラ防止法違反となる可能性を下げることもできますから、労働問題専門の弁護士に一度相談をしてみてください。
経営トップから方針を伝える
パワハラ防止法で求められている会社の措置と重なる部分がありますが、やはり経営トップから直接パワハラに関する方針を伝えることは効果的です。
周知文書を社内報や社内ホームページに掲載したり、ポスターを掲示したりといった方法で全ての従業員が目にするようにしましょう。
ここまでの解説で触れてきた内容を経営トップの名義の書面でまとめればそれで十分です。
以下に周知文書の参考例を紹介しますので、自社で周知文書を用意する際の参考にしてください。
社内研修を実施する
パワハラ防止法では研修が義務付けられているわけではありませんから、他の方法で従業員への啓発ができていれば、それでも問題はありません。
しかし、やはり社内でパワハラに関する研修を行うことは重要です。
パワハラを禁止することや相談窓口を設置したことを周知する文書を配ったとしても、従業員によっては読み飛ばしてしまう者もいるはずです。
従業員を主体的に研修に参加させ、経験として根付かせることで徐々に従業員全体の意識を変えていくことが期待できます。
また、研修の内容を自社だけで考えるのはお勧めできません。
研修内容を考える時間ももったいない上に、適切な内容にならない可能性もあるからです。
少なくとも厚生労働省が提供しているテキスト等を用いたり、専門的な知識を有している顧問弁護士等に研修を依頼したりといった方法を取るようにしましょう。
また、パワハラは正社員だけでなくアルバイト等を含めて発生する可能性がある問題ですから、社内研修の対象者も正社員に限らず、アルバイトなども含めて行いましょう。
頻度は最低でも年に1回以上とし、研修を受けていない従業員が出ないようにしてください。
法律事務所を外部相談窓口として設置する
既に解説したとおり、パワハラ防止法ではハラスメント相談窓口の設置が義務付けられています。
この相談窓口を外部機関として法律事務所に依頼するという方法を取ることをお勧めします。
法律事務所をハラスメントの相談窓口として設置するメリットとしては、以下のようなものが挙げられます。
- ① 相談担当者がトラブルを解決する業務に従事する弁護士だから、内容や状況に応じ、適切に対応。
- ② 人事部や総務部の人員の労力が軽減され、本来の業務に集中できる。
- ③ 従業員にとっても、企業に弁護士がついていることで信頼感、安心感を与えられる。
- ④ 守秘義務を負う弁護士が対応するため、ハラスメント問題が外部に漏れるリスクが低下。
外部相談窓口を設置することについて、会社外へ情報が漏れるのではないかという懸念が考えられますが、上記のように弁護士は守秘義務を負っていますから、情報が漏れることはありません。
マスコミなどで報道されている情報の多くは、従業員から内部告発されたものです。
従業員が内部告発を行う理由は、「会社内部ではどうにもならない」もしくは「相談してもきちんと対応してもらえなかった」というものが大半です。
法律事務所を外部相談窓口として設置した場合には、相談しやすく適切な対応をすることが可能になりますから、内部告発のリスクも一定程度軽減できるのではないでしょうか。
ハラスメントに関して企業がどのように対策を講じるべきかについて、こちらの記事もご覧ください。
パワハラに詳しい弁護士へ相談する
パワハラを防止するために自社で何をすればいいのかが分からないという経営者の方もいらっしゃるでしょう。
会社の規模や業態などによって、実際に行える防止策が異なることもあるでしょうから、そのお悩みはもっともといえます。
そのような場合には、パワハラの問題に詳しい弁護士に相談をしてみましょう。
会社の状況を弁護士に伝えることで、個別の状況に応じた対策の提案を受けることが期待できます。
ただし、大抵の場合には単発で相談を受ける場合よりも顧問弁護士などとして長期間会社に関わった方がより正確かつ適切なアドバイスを受けることができます。
パワハラの問題以外にも取り組むべき問題はいくらでもありますから、今後の会社のことを考えて顧問契約を前提としたサポートを受けることも考えてみてはいかがでしょうか。
デイライトの顧問契約については、こちらをご覧ください。
まとめ
パワハラ防止法が施行されてからしばらく経ちますが、求められている措置は全て取れているでしょうか。
この記事で解説した措置を取ることは、パワハラ防止法に違反しないために重要というだけでなく、パワハラの防止のために非常に重要です。
パワハラが発生してしまうと、その対応に追われたり、場合によっては被害者から会社にも責任を追及されたりといったリスクが多く存在します。
未然にパワハラの発生を防ぐために日頃から従業員全員の意識を高めていくよう心がけましょう。
また、社内研修や相談窓口など、社内だけでは十分に対応ができない部分もあるでしょうから、労働問題に詳しい弁護士を顧問弁護士とすることでより万全の体制を整えられます。
デイライトには労働問題に詳しい弁護士が複数在籍しています。
パワハラ防止法への対応に関してお困りの方は一度お気軽にご相談ください。