管理職のうち誰が安全配慮義務を負うのか?【弁護士が解説】
企業には雇用する従業員の健康や安全に配慮すべき義務(安全配慮義務)があります。
この安全配慮義務を具体的に誰が負うべきかという点が問題となりますが、代表取締役や取締役といった役員はもちろん、部長や課長といった管理職も上司として安全配慮義務を負っていると考えられます。
安全配慮義務を負うのは誰?
雇用契約という法律関係に基づいて安全配慮義務が発生するという観点からすれば、安全配慮義務を負っている主体としては、企業(法人)そのものということになります。
もっとも、実際上は企業というのは、法律によって権利や義務を享受することができる主体として存在しているにすぎず、生きものではありません。
そうすると、従業員という一人の人間をマネジメントするのは、あくまで経営者をはじめとした、従業員の上に立つ「人」なのです。
このように考えると、安全配慮義務を具体的に負うべきなのは誰なのか?という問題が生じます。
従業員の上に立つという観点からすれば、代表取締役をはじめとする取締役は、会社役員ですので、企業を代表して従業員のマネジメントを行わなければならないという点は比較的わかりやすいですが、部長や課長といったいわゆる管理職の立場の人は、部下の従業員と同じく、企業と雇用契約を結んでいる従業員という関係にあります。
そうすると、管理職が安全配慮義務を負っているのかという問題になります。
管理職と安全配慮義務
この点について、最高裁は電通過労死事件(最判平成12年3月24日)で以下のように判決文で言及しています。
判例 電通過労死事件
「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。」
【最判平成12年3月24日】
この判決文からすれば、使用者(企業)に代わって労働者に対して業務上の指揮監督を行う権限を有していると考えられる人が具体的な安全配慮義務を負っていると判断していることがわかります。
実際、最高裁はこの判断に引き続いて、自殺してしまった従業員の配属されていた部の部長と部の中で2つの班に分かれて班長の立場にあった従業員それぞれについて、従業員が恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減させるための措置を採らなかったことにつき過失があるとして、個別の管理職の過失に言及しています。
このように、自身も従業員の立場にある部長や課長、班長、工場長、現場監督責任者など、企業から部下の監督を業務として指示されている管理職も安全配慮義務を現実に実行するための措置を講じなければならないとされているのです。
労働基準法10条においても、最高裁の判決と同じ考え方に基づいて、「この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう」と定め、安全配慮義務の対象を代表取締役や取締役といった役員に限定していません。
管理職に安全配慮義務違反があったら?
このように安全配慮義務を具体的に行使すべき対象として、部長や課長といった管理職も含まれると考えられていますので、管理職に安全配慮義務違反があった場合、従業員側から企業だけでなく、部長や課長個人を相手方として損害賠償請求を受ける可能性があります。
また、企業としても、従業員のマネジメントを指示している部長や課長が不適切な管理を行っていることが発覚した場合、早急に人事異動をしたり、場合によっては降格処分をくださなければ、従業員から適切な人事措置を講じなかったとして、その点を安全配慮義務違反の根拠とされるリスクもでてきます。
企業が安全配慮義務について、管理職に注意しなければならないこと
現場で成績がよい従業員を昇格して管理職にすることは多くの企業が行っているところですが、現場で優秀だった人材が管理職になっても優秀であるとは必ずしも限りません。
現場で必要な営業スキルと管理職に求められるビジネススキルは完全に同じというわけではありません。
そのため、企業としては、単に部長や課長という肩書を付与するだけで終わらせず、マネジメント力を養成するために、部下の管理の仕方やフィードバックのやり方、褒め方・叱り方といった基本的なスキルを学ぶ機会を提供しなければなりません。
その上で、管理職自身にも企業が評価を行うことで、管理職が適切に部下の健康や安全に配慮する環境を整備していくことが必要です。
まとめ
安全配慮義務を負う主体は企業ですが、実際に現場で安全配慮義務に基づいて、指示、監督するのは管理職の人たちです。
企業規模によって、社長が従業員をすべて管理しているというケースもあれば、事業所制、部門制を採用して、中間管理職をおいているケースもあります。
従業員のワークライフバランスを維持するために、企業も自社にとってどのような組織形態が適しているかをしっかりと検討しなければなりません。
弁護士法人デイライト法律事務所 北九州オフィス所長、パートナー弁護士
所属 / 福岡県弁護士会
保有資格 / 弁護士・入国管理局申請取次者
専門領域 / 法人分野:労務問題、外国人雇用トラブル、景品表示法問題 注力業種:小売業関連 個人分野:交通事故問題
実績紹介 / 福岡県屈指の弁護士数を誇るデイライト法律事務所のパートナー弁護士であり、北九州オフィスの所長を務める。労働問題を中心に、多くの企業の顧問弁護士としてビジネスのサポートを行っている。労働問題以外には、商標や景表法をめぐる問題や顧客のクレーム対応に積極的に取り組んでいる。