雇用契約書とは?注意点や労働条件通知書との違いを解説|雛形付
雇用契約書とは、会社が従業員を雇用する際に、賃金や労働時間などの労働条件を取り決めるために、会社と従業員の間で締結される契約書のことです。
雇用契約書に不備があると、後々労働条件をめぐって従業員との間に紛争が生じることにもなりかねませんので、その意義や書き方について正しく理解しておく必要があります。
この記事では、雇用契約書について、その意義や書き方、作成する上で気を付けるべきポイントなどについて、弁護士が解説します。
目次
雇用契約書とは?
雇用契約書とは、会社が従業員を雇用する際に、賃金や労働時間などの労働条件を取り決めるために、会社と従業員の間で締結される契約書のことです。
会社が従業員を雇い入れる契約を、「雇用契約」といいます。
雇用契約の締結においては、従業員の労働条件について、さまざまな条件の合意されるのが通常です。
ただし、法律上は、従業員が会社の業務に従事し(仕事をし)、会社がその対価として報酬を支払うことが合意されれば、雇用契約は成立します。
第六百二十三条 雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。
引用元:民法|電子政府の総合窓口
雇用契約は、労働法の世界では「労働契約」と呼ばれることもありますが、同じものと考えて差し支えありません。
第六条 労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。
引用元:労働契約法|電子政府の総合窓口
雇用契約書の作成は法律上の義務ではない
雇い入れる従業員と雇用契約を締結するにあたって、雇用契約書を作成する法律上の義務はありません。
先ほどの条文を今一度ご確認いただくと、「約することによって、その効力を生ずる」「合意することによって成立する」と定められているのがお分かりいただけると思います。
会社と従業員の雇用契約は、両者が合意しさえすれば有効に成立しますので、法的には雇用契約書を作成しなければならないということはありません。
ただし、契約書の作成は義務ではないものの、会社は従業員に対して、賃金や労働時間といった労働条件を明示しなければならないとされています。
これを、「労働条件の明示義務」といいます。
(労働条件の明示)
第十五条 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
②・③ (略)
引用元:労働基準法|電子政府の総合窓口
この労働条件の明示は、原則として書面によらなければなりません(労働基準法施行規則5条4項)。
このため、雇用契約書の作成は義務ではないものの、いずれにしても書面によって労働条件を従業員に通知する必要があることから、実務上はこの通知の義務を果たす趣旨も兼ねて、雇用契約書を作成することも多いです。
雇用契約書がない場合の違法性やデメリットについての解説は、以下をご覧ください。
雇用契約書と労働条件通知書との違い
雇用契約書と似て非なるものとして、「労働条件通知書」というものがあります。
上記のとおり、会社側は従業員に対し労働条件を原則として書面によって明らかにする義務があり、雇用契約書と労働条件通知書のいずれによっても、この義務を果たすことは可能です。
両者の違いを理解するポイントは、雇用契約書が「契約書」であるのに対し、労働条件通知書が「通知書」である点です。
すなわち、雇用契約書は「契約書」ですので、会社と従業員の双方が合意(契約)することで作成されます。
実態としては、会社側が用意したものを従業員が受け入れるという形で成立することがほとんどかと思われますが、書面の体裁としては会社と従業員が双方で作成するものとなります。
他方で、労働条件通知書は「通知」とあるとおり、会社から従業員に対して一方的に通知されるものです。
したがって、従業員のサインなどは労働条件通知書にはないことになります。
なお、労働条件通知書は会社からの一方的な通知とはいえ、従業員は通知に記載された労働条件を前提として就労しますので、その内容が法令に違反しているといった事情のない限り、通知は有効なものとして機能します。
会社側には雇用契約書をおすすめ
会社は書面によって労働条件を明示する法的義務を負っている以上、労働条件を記載した何らかの書面を作成することは必須です。
労働条件を明らかにするための書面を作成する際は、「雇用契約書」を作成することがおすすめです。
たしかに、雇用契約書と労働条件通知書は実質的な機能面では類似しているということもでき、労働条件通知書によった場合でも大きな問題があるとまではいえません。
しかし、雇用契約書は、会社と従業員の双方の合意に基づくものであることが、書面上一見して明らかであるという利点があります。
雇用契約書は、労働条件通知書としての機能も果たしつつ、かつ従業員との間で内容について合意ができていることをも示す点で、労働条件通知書の上位互換のような存在ということもできます。
労働条件をめぐる紛争の可能性を最小限に抑えるという点からは、いずれにしても書面を作成する必要があるのであれば、雇用契約書とする方がより望ましいといえるでしょう。
労働条件通知書では、受け取った、受け取っていないというトラブルや内容については承諾していなかったなどという主張が雇用契約書に比べて起こりやすくなってしまいます。
雇用契約書の雛形
法律に定められた労働条件の明示義務を果たす点からも、雇用契約書の重要性についてご理解いただけたことと思います。
ここからは、実際に雇用契約書を作成する場合の雛形をご紹介します。
雇用契約書のテンプレート
雇用契約書は、法律的には作成が義務付けられた書面ではなく、特定の書式が存在するわけではありません。
会社と従業員の間で合意できるのであれば、それが雇用契約書の内容となります。
ただし、労働条件の明示義務との関係で、雇用契約書を作成するのであれば記載を欠かしてはいけない項目がありますので、テンプレートを参考にすることによって、そのような項目の抜けや漏れを防ぎやすくなります。
雇用契約書のテンプレートについては、下記のリンクからご確認ください。
雇用契約書の書き方
雇用契約書のテンプレートはご確認いただけましたでしょうか。
ここからは、雇用契約書の具体的な書き方について解説しますので、是非お手元のテンプレートと見比べながらお読みください。
雇用期間
従業員の雇い方には、雇用期間を定めた有期雇用と、雇用期間を定めない無期雇用とがあります。
正社員として雇用する場合には雇用期間を限定しない無期雇用とすることが一般的ですので、テンプレートのように「期間の定めなし」とした上で、試用期間がある場合はこれを明示します。
一方、パートタイマーなどの有期雇用である場合は、「令和〇年〇月〇日から令和〇年〇月〇日まで」のように雇用の期間を記載します。
勤務場所
勤務場所は、雇用しようとしている従業員の主な勤務地を記入します。
昨今では、働き方の多様化により転勤の範囲を限定したいと考える求職者も増えており、予測可能性を高めるため、雇い入れ直後の勤務地だけでなく、変更の範囲についても明示するものとされています(労働基準法施行規則5条1項1号の3)。
たとえば、次のように記載します。
- 転勤があるケース
雇入れ直後:東京本社
変更の範囲:甲の定める全ての営業所 - 転勤がないケース
雇入れ直後:大阪支社
変更の範囲:変更しない
仕事の内容
仕事の内容の欄は、従業員の業務内容を記載する欄です。
勤務場所と同様、雇い入れ直後と変更の範囲を記載する必要があることから、業務内容の変更が予定されているかによって書き方が異なってきます。
- 業務内容に変更があり得るケース
雇入れ直後:営業
変更の範囲:甲が指定する全ての業務 - 業務内容に変更がないケース
雇入れ直後:経理業務全般
変更の範囲:変更しない
勤務時間等
従業員が勤務する時間帯を記載します。
労働基準法では、1日の所定労働時間は原則として8時間までとなりますので(労働基準法32条2項)、通常のフルタイム勤務の従業員であれば、
- 午前9時から午後6時まで(うち休憩時間60分)
のような記載となります。
休日
休日の欄には、会社が就業規則などで定める休日(所定休日)を記載します。
一般的な週休2日制(土日休)の会社であれば、
- 毎週土曜日・日曜日、国民の祝日、その他会社が指定した日
のような記載となります。
所定外労働
所定外労働の欄には、所定労働時間以外での労働(いわゆる残業や休日出勤)の有無について記載します。
- 残業や休日出勤の可能性がない場合は、「無」を選択します。
- 残業や休日出勤の可能性がある場合は、「有」を選択した上で、「月最大〇〇時間程度」のように上限を明示します。
ただし、従業員の労働時間は、1週間あたり40時間、1日あたり8時間が原則的な上限です(労働基準法32条)。
これを超えて従業員に残業させる場合には、労働基準法36条に基づく協定(「36協定」と呼ばれます)を労使間で締結する必要があり、かつその場合であっても、従業員の残業時間は原則として月45時間が上限となります(同法36条4項)。
上限を超える違法な労働時間を設定しないよう、十分注意してください。
休暇
休暇は、休日以外で従業員が勤務をしなくてよい日であり、年次有給休暇などの法定休暇のほか、会社が定める慶弔休暇や夏季休暇などの特別休暇を記載します。
休暇の種類が多数である場合は、次のように就業規則の該当箇所を記載することでも足ります。
- 年次有給休暇:法定のとおり
- その他休暇:就業規則第〇条参照
年次有給休暇についても、付与日数について法律上の決まりがありますので、違反しないように注意が必要です。
有給休暇の付与日数については、以下の記事でご確認ください。
賃金
賃金は労働条件の中でも特に重要な項目ですので、基本給や諸手当の額、時間外勤務の割増率などのほか、賃金の支払期日や支払日といった賃金の支払条件についても記載が必要です。
月給制であれば、
- 月額(30万円)
のように記載します。
基本給以外に支給する手当があれば、その金額を記載します。
一般的によく設けられている手当としては、住居手当、通勤手当、家族手当、役職手当などがあります。
時間外勤務や休日出勤に対する残業代は、その従業員の給与の時給換算分をそのまま支払うのではなく、一定割合を割り増して支給します(労働基準法37条1項)。
所定外労働等に対する割増率の欄には、この割り増しのパーセンテージを記載します。
割増率についても、法律の定めを下回らないよう気を付けてください。
- イ 所定時間外
a 法定超 月 60 時間以内(25)%
月 60 時間超 (50)%
b 所定超(0)% - ロ 休日
a 法定 (35%)b 法定外(25%) - ハ 深夜(25%)
残業代の割増率についての考え方は、以下をご覧ください。
賃金締切日は、賃金を計算する上での期間の締切日を記載します。
- (毎月末日)
賃金は、毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければならないとされています(労働基準法24条2項)。
就業規則等で賃金支払日を設定しているはずですので、その日を記載します。
- (毎月25日)
法律上の原則では、賃金は従業員に対して全額を通貨で直接支払うものとされています(労働基準法24条1項本文)。
ただし、従業員の同意を得れば、銀行振り込みによって給与を支給することは可能です(労働基準法施行規則7条の2第1項1号)。
法律的には、賃金は現金での直接払いが原則とされていますが、現在の実態としては多くの企業で銀行振り込みが行われていることと思われます。
その場合の記載は次のようになります。
- 賃金の支払方法(乙が指定する乙名義の銀行口座に振り込み送金する方法により支払う。)
賃金は原則として全額を従業員に支払う必要がありますが、労働組合との間で協定がある場合には、一定の費目について、賃金から控除(いわゆる天引き)して支給することができます(労働基準法24条1項ただし書)。
控除する費目が多岐にわたる場合は、次のように就業規則を参照する形とすることもできます。
- 賃金支払時の控除 →(費目、金額等 法定費目及び労使協定で定められた費目)
※詳細は、就業規則◯◯条に定めるとおり
昇級の有無について、昇級がない場合は「無」とし、ある場合は「有」とした上で、時期や金額の考え方を記載します。
- 昇給( 〇有 / 無 )
(時期、金額等)
勤務成績その他が良好な労働者について、毎年◯月◯日をもって行うものとする。
ただし、会社の業績の著しい低下その他やむを得ない事由がある場合は、行わないことがある。
金額等その他の詳細は、就業規則◯◯条~◯◯条に定めるところによる。)
賞与は、毎月の給料以外に臨時に支払われる給与であり、一時金やボーナスなどと呼ばれることもあります。
賞与は、就業規則に基づき、夏季賞与と年末賞与の2回支給される例が多いですが、賞与の支給自体が存在しない会社もあります。
そこで賞与の欄には、賞与の有無と、賞与がある場合の支給条件を記載します。
- 賞与( 〇有 / 無 )
(時期、金額等 )
6月30日、12月15日に支給する。
金額、算定対象期間、算定方法については、就業規則◯◯条に定めるところによる。
ただし、会社の業績の著しい低下その他やむを得ない事由により、支給時期を延期し、又は支給しないことがある。
退職金も、賞与と同じく制度の有無自体が会社によりますので、退職金の制度がある場合は、支給条件を記載します。
- 退職金( 〇有 / 無 )→(時期、金額等 退職金規程による)
退職に関する事項
退職は会社と従業員との間で労働問題が生じやすい場面でもありますので、紛争を事前に予防する観点からも、雇用契約書の段階で主要な事項を定めておくことが重要です。
定年制は、従業員が所定の年齢に達したときに雇用契約を終了する制度です。
定年制では、定年の年齢は60歳以上でなければなりません(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律8条本文)。
参考:高年齢者等の雇用の安定等に関する法律|電子政府の総合窓口
また、同法に基づき、一定の年齢まで雇用や業務委託などの関係を継続する「継続雇用制度」や「創業支援等措置」を導入している場合は、その有無についても記載します。
- 定年制( 〇有 ( 60歳) / 無)
- 継続雇用制度( 〇有(65歳まで) / 無 )
- 創業支援等措置( 有( 歳まで業務委託・社会貢献事業) / 〇無 )
従業員が自ら退職を願い出る場合の手続き、具体的には、退職の何日前までに会社に申し出るかを記入します。
1ヶ月前までに申し出るように定めている例も多く見られますが、雇用期間の定めのない従業員であれば、法的には退職の2週間前までに申し出ればよいこととされています(民法627条1項)。
参考:民法|電子政府の総合窓口
1ヶ月前と記載した場合でも、従業員の方で自発的にこれを尊重するのであれば問題とならないことも考えられますが、争いとなった場合には、2週間を超える定めは無効と判断される可能性があります。
- 自己都合退職の手続(退職する14日前迄に届け出ること)
解雇の事由(どのような場合に普通解雇や懲戒解雇になるか等)や、解雇に伴う手続き(たとえば、弁明の機会が与えられる場合はその旨)を記載してください。
なお、解雇に関して就業規則に決まりが存在する場合は、該当する箇所を示すだけで足ります。
- (就業規則に定めるところによる)
○詳細は、就業規則第〇条~第〇条
その他
その他の欄には、以上の項目に当てはまらない労働条件の細目のうち、特に明示しておくことが望ましいものを記載し、たとえば次のような項目が考えられます。
- 試用期間
(試用期間の長さ、試用期間の延長の有無、延長がされる事由、試用期間中の賃金等) - 社会保険
(厚生年金、健康保険等)の加入状況や雇用保険の適用の有無 - 労働者に負担させる食費、作業用品その他に関する事項
- 安全・衛生に関する事項
- 職業訓練に関する事項
- 災害補償、業務外の傷病扶助に関する事項
- 表彰、制裁に関する事項
- 休職制度
雇用契約書に記載すべき事項とは?
雇用契約書には、必ず記載すべき事項として、「絶対的記載事項」と「相対的記載事項」というものがあります。
雇用契約書の作成は義務ではないと解説してきましたので、「作成されない場合すらあるのに、必ず記載しないといけない事項が存在するのか」と疑問を持たれるかもしれません。
たしかに、雇用契約書という形式の書面を作成する義務はありませんが、従業員に労働条件を明示する義務があり、この義務を果たすことも兼ねて、雇用契約書を作成する例も多いと先ほど解説しました。
つまり、雇用契約書以外に労働条件を明らかにする書面を別途交付するなどして明示義務を果たしているのであれば、雇用契約書の内容は、法令に反したり就業規則と矛盾したりといった事情のない限り、特段の制限はありません。
一方、雇用契約書が労働条件の明示を兼ねるのであれば、契約書に必ず盛り込むべき事項が生じてくるということになります。
第十五条 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
②・③ (略)
引用元:労働基準法|電子政府の総合窓口
この「賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項」がこれからご紹介する「絶対的記載事項」と「相対的記載事項」です(労働基準法施行規則5条1項)。
いずれも雇用契約書に記載する必要があるものであり、それぞれの内容は以下のとおりです。
絶対的記載事項
絶対的記載事項は、文字通り雇用契約書に絶対に記載すべき事項であり、次の項目がこれに当たります。
- 労働契約の期間に関する事項
- 期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項
- 就業の場所及び従業すべき業務に関する事項
- 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時点転換に関する事項
- 賃金(退職手当及び臨時に支払われる賃金等を除く。)の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
- 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
ただし繰り返しになりますが、これらの項目の記載が必須であるのは、労働条件の明示義務を果たすためです。
したがって、これらの項目が雇用契約書の絶対的記載事項であるのは、雇用契約書が労働条件を明示する書面を兼ねていることが前提となる点にご留意ください。
相対的記載事項
相対的記載事項も同じく雇用契約書への記載が必要な事項であり、次の項目が相対的記載事項です。
- 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払いの方法並びに退職手当の支払いの時期に関する事項
- 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及びこれらに準ずる賃金並びに最低賃金額に関する事項
- 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
- 安全及び衛生に関する事項
- 職業訓練に関する事項
- 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
- 表彰及び制裁に関する事項
- 休職に関する事項
先ほどの絶対的記載事項に対して「相対的」との名称であるため、「雇用契約書に書いても書かなくてもどちらでもよい事項」と思われるかもしれませんが、これは誤解です。
相対的記載事項も絶対的記載事項と同じく、雇用契約書への記載が必要な事項です。
それでは絶対的記載事項と何が違うのかというと、前記の相対的記載事項を見ていただくと、職業訓練や表彰など、会社によっては制度自体が存在しない場合があり、そのような場合には記載すべき事項がないということです。
すなわち、絶対的記載事項は、別途の労働条件の明示がない限り必ず雇用契約書に記載される項目であるのに対し、相対的記載事項は、該当する制度がある場合は必ず記載しなければならないが、制度自体がない会社の場合は記載の必要がないということになります。
雇用契約書を作成しないリスク
ここまで、雇用契約書の性質や記載方法について解説してきました。
お読みいただくと、雇用契約書によって、労働条件の明示義務を果たしつつ、就労条件にかかわる多くの事項について従業員と合意できることがお分かりいただけたのではないでしょうか。
たしかに、雇用契約書の作成は法的な義務ではありませんが、義務ではないからといってこれを作成しないでいると、別途書面によって労働条件を従業員に明示する必要がある上、何かの拍子に労働条件をめぐって紛争が起こるといった対応が生じるリスクもあります。
このように、作成義務がないからといって雇用契約書の作成を省略したとしても、結局はこれと変わらないか、あるいはそれ以上の事務負担が生じることが十分想定されます。
そうすると、あえて雇用契約書を作成しないメリットは少なく、端的に雇用契約書を作成してしまうことが簡潔で望ましいといえるでしょう。
雇用契約書がない場合の違法性やデメリットについての解説は、以下をご覧ください。
雇用契約書作成の注意点|ケース別
ここからは、雇用契約書を作成する上での注意点を、雇用形態のケース別にご紹介します。
共通して注意すべきこと
雇用契約書をいつ作成すべきか
雇用契約書は、従業員を雇い入れる時点で作成するのが望ましいといえます。
雇用契約書は、労働条件を明示する書面を兼ねることも多く、労働条件の明示は「労働契約の締結に際し」て行うものとされています(労働基準法15条1項)。
また、従業員との間で労働条件について明確にすることで紛争を防止するという雇用契約書の趣旨に照らしても、雇用契約を締結する段階で作成することが適切といえるでしょう。
就業規則の最低条件を意識する
雇用契約書は「契約書」ですので、そこに記載した労働条件は、会社と従業員の双方を拘束する契約内容となります。
ただし、労働条件については、労働基準法をはじめとした法令によって、下回ることが許されない最低条件が定められています。
就業規則を作成する際は、この最低条件を下回らないように労働条件を定める必要がありますが、これは雇用契約についても同様です。
法令に違反する条件を契約で定めてもその部分は無効となりますので、雇用契約書の作成においても、この最低条件を意識して作成する必要があります。
就業規則や雇用契約書を見直す際のポイントについては、以下をご覧ください。
雛形は参考程度にすべき
雇用契約書の作成において、雛形は大いに参考になるものですが、あくまで参考程度にとどめることも大切です。
雛形は典型的なケースを想定したひとつのモデルですので、これを元にして雇用契約書を作成しておけば、さほどおかしなものにはならないことは期待できます。
ただし、労働条件は会社によって千差万別ですので、内容を精査することなく雛形をそのまま採用してしまうと、会社の意図しないルールが適用されることにもなりかねません。
雛形の利用は参考程度とし、全体をそのまま流用するといったことは控えるようにしましょう。
電子化する場合は従業員の希望が必要
近年ではデジタル化やペーパーレス化の進展によって、契約をパソコン上で完結させる「電子契約」も珍しくなくなりました。
ただし、労働基準の明示は書面の交付によるものが原則とされており、ファックスや電子メールなどの方法が認められるのは、従業員が希望した場合に限られます(労働基準法施行規則5条4項)。
従業員の希望を聞くことなく雇用契約書を電子化することのないよう、注意してください。
モンスター社員対策を考慮
近年は、会社に対する要求が過度であったり、就業態度に問題があったりといった、「モンスター社員」対策にお悩みの会社も多いようです。
雇用契約書の作成段階でこのようなモンスター社員の対策についての項目を盛り込んでおくことも、ひとつのアイディアといえます。
相対的記載事項の項目でご紹介したとおり、雇用契約書には「制裁に関する事項」を記載することができます。
モンスター社員は、会社でトラブルを起こすだけでなく、これに対する会社の処分についても争うことがよくありますので、問題行動とこれに対する制裁を雇用契約書上で類型化しておくことで、先手の対応が可能となります。
また、雇用契約書の説明にあたって、就業規則における懲戒事由についてきちんと説明をしておくことも有益です。
変更する場合は不利益変更に注意
従業員と合意することなく就業規則を不利益に変更することは、原則として許されません(労働契約法9条本文)。
例外的に可能なのは、変更を従業員に周知し、かつ変更内容が合理的であるなど、同法10条の要件を満たす場合に限られます。
ただし、雇用契約書でこのような就業規則の変更によっては変更しないと合意した部分については、合意が優先されることになります。
このような合意がある場合には、たとえ就業規則の不利益変更の条件を満たしていたとしても、そのような合意をした従業員との間では雇用契約上の取り決めが優先されますので注意してください。
正社員の雇用契約書で注意すべきこと
パートタイマーや契約社員と比較したときの正社員の特徴は、相当長期にわたって雇用関係が継続することが想定され、その間に昇級・昇格の機会や、賞与、退職金などの支払いが発生し得る点です。
そのため、正社員の雇用契約書では、特にこれらの労働条件について、できるだけ曖昧さを排除して丁寧な規定を置くことがポイントとなります。
パートやアルバイトで注意すべきこと
パートやアルバイトの従業員については、正社員と比較し、雇用期間についても業務内容についても比較的限定的であるという特徴があります。
このため、パートやアルバイトの従業員については、どのような条件で雇い入れられるかが、個人ごとに多種多様となり得ることが考えられます。
雇用契約書においてもこのような特徴を反映させ、画一的なフォーマットを使い回すのではなく、それぞれの従業員の労働条件と整合しているのかについて、特に注意を払う必要があるといえます。
契約社員の雇用契約書で注意すべきこと
契約社員の雇用契約書では、無期転換申込権の明示について注意すべきです。
有期雇用の従業員の雇用期間が通算で5年を超えた場合、その従業員は、会社に対して無期雇用に転換するよう請求することができ、これを「無期転換申込権」といいます(労働契約法18条1項)。
そしてこの無期転換申込権は、明示義務の対象となりました(労働基準法施行規則5条5項)。
2024年4月1日から作成される雇用契約書には記載が必要です。
古い雇用契約書や正社員用の雇用契約書を流用していると、この点が抜け落ちるおそれがありますので、注意してください。
雇用契約書を作成する3つのポイント
会社を守ることができる雇用契約書を作成する
雇用契約書を作成する際は、会社を守ることができるものとすることが重要です。
もちろん、従業員は労働基準法などによって守られているため、雇用契約を会社側が一方的に有利になるような内容とすることはできません。
しかし、会社と従業員との間で紛争となりやすい事項についてあらかじめ明確に定めたり、従業員が問題を起こした場合の処遇について取り決めたりといった方法によって、会社の利益を適切に守れるような内容とすることは可能です。
法的な紛争は、起こってから対処するよりも、発生自体を未然に防ぐ方が望ましいものといえます。
雇用契約書を作成する際は、会社を守ることができる内容かという視点で見ることが重要なのです。
問題社員の対策についての詳細は、以下をご覧ください。
最新の法令改正に対応する
働き方の多様化やワークライフバランスの確保などに対応するため、労働関係の法令は近年特に法改正の多い分野となっています。
このため、一度作った雇用契約書を見直さずに使い続けていると、最新の法改正に対応していない違法なものとなってしまうおそれがあります。
定期的に専門家の助言を受けるなどして、最新の情報をキャッチできるようにしておく必要があります。
労働問題に強い弁護士に相談する
雇用契約書の作成にあたっては、労働問題に強い弁護士に相談することも重要です。
雇用契約書は、会社と従業員との間で労働条件を取り決める重要な書面ですので、その不備は紛争の火種となるおそれがあります。
逆に、ここをきっちりと固めておくことができれば、従業員との間の無用な紛争の予防につながるということもできます。
せっかく雇用契約書を作成するのですから、労働問題に強い弁護士の助言の下で、万全のものを作成することをおすすめします。
労働問題における弁護士選びの重要性については、以下をご覧ください。
雇用契約書についてのQ&A
雇用契約書は毎年必要ですか?
雇用契約の更新は、新たな雇用契約の締結と見ることができますので、契約期間が満了するたびに雇用契約書を作成します。
他方で、雇用期間の定めのない正社員であれば、一度締結した雇用契約がずっと継続することになります。
新たに従業員の合意を得るべき変更を加えるような場合を除き、新たに雇用契約書を作成する必要はありません。
雇用契約書はどこでもらえますか?
そのような場合でも、労働条件通知書の交付を請求することは可能です。
一方、雇用契約書を作成する場合は、2通作成して会社と従業員がそれぞれ1通を保管するのが通常ですので、万が一作成した雇用契約書が交付されていないようであれば、会社に交付を請求してください。
まとめ
この記事では、雇用契約書について、その意義や書き方、作成する上で気を付けるべきポイントなどについて解説しました。
記事の要点は、次のとおりです。
- 雇用契約書とは、会社が従業員を雇用する際に、賃金や労働時間などの労働条件を取り決めるために、会社と従業員の間で締結される契約書のことである。
- 雇用契約書を作成する法律上の義務はないが、労働条件を書面で明示する義務があることから、労働条件通知書を兼ねる意味も含めて、雇用契約書を作成する会社が多い。
- 雇用契約書を作成する際は、記載を欠かすことができない事項があることや、労働条件の法律上の下限を下回ってはいけないことなどに注意する必要がある。
- 雇用契約書は、適切に作成することで、従業員との間の紛争の予防につながる効果が期待できるので、労働問題に強い弁護士の助言を受けながら作成することが望ましい。
当事務所では、労働問題を専門に扱う企業専門のチームがあり、企業の労働問題を強力にサポートしています。
Zoomなどを活用したオンライン相談も行っており全国対応が可能です。
雇用契約書についてのお悩みについては、当事務所の労働事件チームまで、お気軽にご相談ください。
この記事が、労働問題にお悩みの企業にとってお役に立てれば幸いです。