ブラック社労士とは
「ブラック社労士」が生まれた背景と実態
ブラック社労士が生まれた背景
昨年、「ブラック企業」という言葉が流行語大賞にノミネートされました。また、最近では、この「ブラック企業」から派生して「ブラック社労士」という言葉も耳にするようになりました。
このような「ブラック◯◯」という言葉は、昔からあったわけではなく、数年前から、インターネットの掲示板で使われはじめ、急速に普及したものです。
では、なぜ急速に普及したのでしょうか。
様々な要因が考えられますが、リーマンショック後の不況が大きな影響を与えたといえます。
すなわち、厳しい経営状況において、企業が勝ち残っていくためには、なるべく人件費を低くして、質が高い労働力を確保しなければなりません。
そのために、能力不足の従業員を使い捨てにする企業が増加したということがあげられます。また、士業の過当競争の問題もあげられます。
弁護士、公認会計士等の士業の登録者数が、政策によって増加し、競争の激化が見られています。社会保険労務士も例外ではありません。
平成8年の合格者は1941人であったのに対し、ピーク時の平成16年には4850人にまで増加しました。
そのため、社会保険労務士の登録者数は、平成13年9月30日時点で2万5721人であったのに対し、平成25年9月30日時点で3万8231人と、約1.5倍にまで達しています。
この背景には、不況の中、手に職をつけようと資格取得を希望する人が増えたことがあげられます。特に、社会保険労務士の場合は、転職希望の会社員が資格を取得したケースが多いようです。
ところが、社会保険労務士の資格をとったからといって、すぐに開業して安定的な経営ができるわけではありません。また、他の社会保険労務士事務所に就職することも困難です。
既存の社会保険労務士事務所も、登録者数が急増し、競合が増えたことで、価格競争やパイの取り合いとった状況が見られています。
このような厳しい環境の中で、ビジネスチャンスを見出そうとして、「労使紛争」という分野に注力する社会保険労務士が出現しました。本来、労使紛争は、労働法に精通した弁護士の独占的な分野でした。
そして、社労士会としても、この動きを推進し、一定の限度で代理権を認める特定社会保険労務士という制度を発足させました。
しかし、大部分の社会保険労務士は、弁護士ほど法律に熟知しておらず、また、複雑な契約、相手方との交渉というノウハウを有しておりません。
そのような背景で、自ら違法な業務に手を染める、「ブラック社労士」が出現したと考えられます。
「ブラック◯◯」の実態
「ブラック企業」や「ブラック社労士」をよく耳にするとは言っても、その実態はどうでしょうか。
確かに、自覚的に違法行為を繰り返している企業は存在します。
しかし、「ブラック企業」という言葉は、世論の関心を買うために、マス・メディアによって、やや誇張されていると思われます。
例えば、パワハラやサービス残業問題等、企業の不祥事が発生すると、マス・メディアはすぐに「ブラック企業」というレッテルを張ります。
そのような結果、実際よりも企業側のイメージが悪くなっているのではないかと感じます。
また、違法行為を行っているのは、必ずしも企業側だけではなく、労働者側の場合もあります。
むしろ、筆者の経験上、労働者が会社を訴えるなど労使紛争に発展しているケースでは、労働者側に問題がある場合も多く見受けられます。
「ブラック社労士」についても同じであり、企業側だけではなく、労働者側にも存在します。
そこで、本稿では「ブラック社労士」について、使用者側と労働者側に分けて説明していきたいと思います。
どのような行為をすると「ブラック社労士」と言われてしまう?
前提として、「ブラック社労士」とは、労使紛争において、違法・不当な行為に加担する社会保険労務士と定義します。
使用者側ブラック社労士
例えば、実質は労働契約であるにもかかわらず、請負契約を締結するように社会保険労務士が企業を指導するなどの行為です。
偽装請負自体が違法行為(労基法第6条、職業安定法44条等)ですので、社会保険労務士がこれを先導するのは、少なくとも社会保険労務士法に違反します。
すなわち、社会保険労務士法第15条は、
社会保険労務士が「労働社会保険諸法令に違反する行為について指示をし、相談に応じ、その他これらに類する行為をしてはならない」と規定しており、社会保険労務士が偽装請負を先導するのはこの不正行為の指示等の禁止に違反することになります。
また、場合によっては、犯罪行為の共犯と評価される可能性もあります。
サービス残業をさせる目的で、定額残業制の導入を指導するなどの行為です。これは広義の雇用形態の偽装ともいえます。
例えば、基本給25万円で求人を出して採用しても、実際には、基本給のうち、5万円は時間外手当として支給し、長時間の残業をさせているような場合です。
この場合、本来であれば、基本給を25万円として、労基法所定の計算により時間外手当を算出し、労働者に支給しなければなりません。
しかし、企業は、すでに定額の時間外手当5万円を支給しているとして、時間外手当を支払いません。
これは労働基準法第37条1項に違反する違法な行為ですので、これを社会保険労務士が先導すると「ブラック社労士」といえます。
なお、定額残業制については、上記のような基本給の一部を時間外手当として支給する形態のほかに、一定の手当(例えば、職務手当など)を時間外手当として支給する形態もあります。いずれの方法も、一定の要件を満たせば、適法と考えられています。
この要件については、諸説あり、裁判例も分かれておりますが、少なくとも、明確区分性の要件(通常の賃金部分と割増賃金部分とを明確に区別できること)は必要と考えられています。
したがって、企業が定額残業性を導入する場合、上記の例で言えば、5万円が時間外手当であり、かつ、それが何時間分の時間外手当であるかを、就業規則、雇用契約書(ないしは労働条件通知書)、給与明細等により明らかにしておく必要があると考えられます。
したがって、社会保険労務士が顧問先企業から、定額残業制について相談を受けたよう場合、この制度は決してサービス残業をさせるためのものではないこと、また、法的有効性が認められるための要件についてアドバイスをすべきでしょう。
マス・メディアで話題になるのは、月に100時間を超えるような過労死レベルの残業をさせて、時間外手当て等をまったく支給しないケースです。
また、ここまで極端でなくても、不当な方法を用いて、本来、支払わなければならない時間外手当て等を免れている場合も問題となります。
これらを社会保険労務士が先導していれば、「ブラック社労士」となります。
サービス残業をさせる方法としては、勤務時間を偽装するという方法が挙げられます。
例えば、労働者の勤務時間について、あえてタイムカードを導入しないという方法です。労働者の勤務時間管理の方法には様々であり、必ずしもタイムカードで管理する義務はありません。
しかし、残業代を払いたくないがために、あえてタイムカードを打刻させない場合は違法となります。
このようなケースが生じるのは、裁判における立証という問題があるからです。すなわち、労働者が使用者に対して、未払残業代の請求をする場合、労務を提供したことを主張し、かつ、立証する必要があります。
タイムカードは、労働者の労務の提供を証明する重要な証拠となります。そのため、長時間のサービス残業をさせている使用者としては、タイムカードなどないほうが都合がよいのです。
筆者の経験でも、過去、タイムカードで勤務時間管理を行っていた企業が残業代を請求されたのを期に突然タイムカードを廃止したケースもあります。
また、もっと悪質なケースになると、タイムカードの改ざんというケースもあります。これは、労働者本人にはタイムカードを打刻させず、経営者が実際の労働時間と異なる時間を打刻するというケースです。
このような行為が許されないのは当然です。
「ブラック企業」が取り上げられるようになったのは、不況の中、人件費を抑えながら人材を見つけようとする企業が、大量に労働者を採用し、優秀な一部の労働者を除いて大量に解雇するという手法をとっていたからです。
したがって、ここでの解雇は、能力不足を理由とする解雇が典型となります。
解雇理由が存在しないのに、一方的に解雇することは、解雇権の濫用として無効となります。では、能力不足は解雇理由となるでしょうか。
労働契約法第16条は、解雇理由について、①客観的合理性と②社会通念上の相当性を要件としています。したがって、ケース・バイ・ケースとは言えますが、一般的には能力不足での解雇は相当に困難といえます。
また、ブラック企業が行っている、新卒の社員を大量に採用して、ろくに教育訓練も行わないまま、優秀な一部の労働者以外を解雇するという手法は、明らかに解雇権の濫用となります。
したがって、このような手法を社会保険労務士が先導していれば、「ブラック社労士」となります。
④のようなケースは、「ブラック企業」において、現実に行われています。
しかし、社会保険労務士が不当解雇を先導するのは稀といえるでしょう。ほとんどの社会保険労務士は、解雇が簡単に認められないことを熟知しているからです。
社会保険労務士が関与するケースとして考えられるのは、不当解雇を先導するよりも、依願退職の強要を先導するというパターンです。
この点、強制にわたらない退職勧奨は適法です。しかし、使用者が労働者の意思に反して執拗に退職を求め、無理やり依願退職を行わせると実質的には解雇であり、解雇権の濫用として違法となります。
また、場合によっては民事上の不法行為責任や、さらに悪質な場合は強要罪(刑法223条)が成立します。
したがって、退職強要を社会保険労務士が先導すれば、「ブラック社労士」となります。
労働者から企業に対して、解雇の撤回や未払残業代の請求等がなされた場合、事実とは異なる虚偽の主張を企業側が行う場合があります。
例えば、退職を強要して無理やり退職届を書かせた場合に、その事実を否認する等の行為です。悪質な場合には、訴えられた後に企業がタイムカードや日報等の証拠書類を廃棄ないし偽造するケースもあります。
企業が虚偽の主張を行った場合、労働者側での立証は困難です。その結果、企業は裁判等で勝つことになります。
では、社会保険労務士が顧問先の企業に虚偽主張を先導することは許されるでしょうか。
確かに、企業が裁判等で勝てば、経営者は社会保険労務士に感謝するかもしれません。
しかし、このような虚偽の主張を社会保険労務士が先導するのは許されません。
すなわち、社会保険労務士法は、社会保険労務士の職責として、「常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正な立場で、誠実にその業務を行わなければならない」と定めています(社労士法第1条の2)。
さらに、「社会保険労務士の信用又は品位を害するような行為をしてはならない」と定めています(第16条)。
社会保険労務士が企業に対して、虚偽主張を先導する行為は、企業からすれば、労務管理のプロである専門家から虚偽主張のお墨付きを受けるようなものであり、企業の労働諸法令の違反を助長することになります。
したがって、上記の品位保持義務及び信用失墜行為の禁止に違反することになります。また、前述した不正行為の指示等の禁止(社会保険労務士法第15条)にも抵触すると考えられます。
①から⑤では、社会保険労務士が企業に対して、違法行為を先導する場合を説明しました。
では、社会保険労務士が積極的に指示やアドバイスを行うわけではなく、不正行為を放置するのはどうでしょうか。
例えば、顧問先の企業から労務相談を受けていた際、偶々その企業の偽装請負が発覚したとします。中小企業の場合、経営者や労務担当者の知識不足により、問題であることを認識しないまま偽装請負を行っている場合もあります。
このような場合、社会保険労務士が見て見ぬふりをするのは、品位保持義務及び信用失墜行為の禁止に違反すると思われます(社労士法第1条の2、第16条)。
したがって、偽装請負として違法行為となる可能性があることを企業に進言すべきです。
もっとも、社会保険労務士のこのような進言は、企業からすれば、余計なお世話と感じる場合もあるでしょう。場合によっては、顧問契約の解消も考えられます。
しかしながら、見て見ぬふりをして、企業が違法行為を継続した場合、企業が処罰されるおそれもあります。また、処罰までは行かないとしても、後々トラブルとなることは多いと思われます。
その場合、企業は、社会保険労務士に相談していたのに、なぜ指導してくれなかったのかと感じるはずです。したがって、企業との信頼関係維持という観点からも進言すべきでしょう。
労働者側ブラック社労士
これは、本来は未払残業代など発生していないのに、サービス残業があったなどと主張して、会社を訴える労働者に加担する行為です。
このパターンでは、未払い残業代がまったく発生していないケースは多くありません。多少なりとも未払い残業代がある場合で、請求する金額が過大であるケースが典型です。
例えば、実際の未払い残業代は100万円であるのに、会社に対しては200万円の未払い残業代があるなどと主張する事案です。
筆者の経験では、労働者の残業代請求においては、このような過大請求の場合がほとんどです。
具体例 過大請求のパターン
- 始業時刻を実際の時刻よりも早い時刻と主張する
- 終業時刻を実際の時刻よりも遅い時刻と主張する
- 休憩時間を実際の時間よりも短い時間と主張する
- 契約内容を偽る
1.と2.については、労働者側に立証責任があります。
そこで実際の時刻を偽るために、証拠を偽造する例が見られます。例えば、タイムカードを偽造するなどです。
その他、運送業ではドライバーである労働者がタコグラフ(チャート紙)を偽造するという例もあります。
3.の休憩時間に関しては、実際には使用者側に立証責任があるようなものです。
すなわち、使用者側から「労働者が長時間の休憩を取っていた。」などと主張しても、それを立証できなければ、裁判で休憩時間を認めてくれることは困難です。
そのため、休憩時間については、労働者側は客観証拠を提出しなくても「休憩はなかった。」という主張のみで過大請求をしてくる例が見られます。
4.については、様々なケースがあります。
例えば、固定残業制を採用している企業において、労働者が「固定残業制を合意ししていない。」などと主張して残業代を請求してくる場合などです。
この場合、企業側が就業規則に明記していても、労働者側が周知性を争い、雇用契約書等で固定残業制について明記していない場合、固定残業制が認められることは困難となってきます。
上記は一例ですが、このような過大請求は、詐欺行為であり、決して許されません。
したがって、社会保険労務士がこれに加担すると「ブラック社労士」といえます。
①とは反対に、本来請求しうる額よりも、あえて少なく請求する場合です。
例えば、未払い残業代が100万円ある場合に、特定社会保険労務士が代理人となって社労士会の紛争解決センターに対し、請求額を60万円に縮減してあっせんを申請する場合です。
法改正により、特定社会保険労務士が創設されて、一定範囲で社会保険労務士に代理権が認められるようになりました。
ただし、民間型のADR機関を利用する場合、60万円を超える事案では、弁護士との共同受任の形を取らなければなりません。
ところが、この共同受任という形態は実際には難しい問題が多々あります。そのため、本来請求しうる額よりも、あえて少なく請求するというケースが生じるようになりました。
このような一部請求は、特定社会保険労務士が共同受任という形態を取りたくないがないために行なうものであり、依頼人の利益には反するものです。
したがって、品位保持義務及び信用失墜行為の禁止に違反すると思われます(社労士法第1条の2、第16条)。また、本来60万円を超える事案において共同受任を義務付けている法の趣旨を潜脱する行為ともいえます。
このような一部請求を行えば、「ブラック社労士」といえるでしょう。
なお、このような代理権の制限が妥当か否かについては立法論となるため本稿では触れません。
労働者から企業に対する解雇の撤回や未払残業代の請求等において、事実とは異なる虚偽の主張がなされる場合があります。また、悪質な場合は証拠の偽造や偽証もあります。
①の詐欺的な残業代請求もこの一部といえますが、悪質なケースでは詐欺罪の共犯となります。
また、金銭的な請求等ではなかったとしても、虚偽主張を社会保険労務士が先導することは、使用者側の場合と同様に品位保持義務及び信用失墜行為の禁止に違反すると思われます(社労士法第1条の2、第16条)。
「ブラック社労士」にならないために
社会保険労務士は、企業と顧問契約を締結することが通常です。
そのため経営者を護るというスタンスを取っている社会保険労務士が多いと考えられます。
そのような社会保険労務士にとって、経営者から日々労務問題の相談を受け、それに対して、企業の利益となるようにアドバイスをするのは当然です。
しかし、士業である以上、護るべき依頼者の利益は「正当なもの」でなければなりません。
社会保険労務士としては、労務問題に携わることで、「企業の健全な発達」と「労働者等の福祉の向上」に資するという使命感を忘れないこと、そして、違法・不当な行為には決して手を染めないという職業倫理観が必要です。
社労士会では、数年毎に倫理研修等を実施していると思われます。そのような機会を利用して、定期的に自らの倫理観を見直すことが必要と思われます。
また、懲戒処分の事例を見て、具体的にどのような行為が問題となっているのかを把握することも有益と思われます。
過去の懲戒処分事例は厚生労働省のホームページからも参照できます。
会社側のブラック社労士とならないために
最も望ましいのは、「ブラック企業」か否かを事前に見分け、依頼を受けないようにするということでしょう。しかし、これは実際には困難です。
「ブラック企業」の判断基準としては、離職率の高さなども指摘されていますが、それを事前に知るのは困難ですし、また、必ずしも離職率の高さイコール「ブラック企業」という訳ではないからです。
もっとも、企業と顧問契約を締結し、継続的に関係を築いていくと、その企業が「ブラック企業」であることが発覚する場合があります。
そのような場合は、違法行為であることを企業に進言すべきです。そして、企業が是正に応じてくれない場合、顧問契約の解消も検討すべきでしょう。
なお、社会保険労務士は、紛争解決手続代理業務を除いて、正当な理由がある場合でなければ、依頼を拒んではなりません(社労士法第20条)。
このため、社会保険労務士の中には顧問契約の解消等に躊躇する方もいるかもしれません。
しかし、違法行為を行っている企業であれば、正当事由が認められるため、社労士法には違反しません。
労働者側のブラック社労士とならないために
労働者側から紛争解決手続代理業務の依頼を受ける場合、虚偽主張や証拠偽造を行わないように注意すべきです。
労働者から虚偽の主張を依頼された場合、はっきりと断るべきです。
また、このような労働者とは、信頼関係が築けないと思われますので、依頼そのものを断ることを検討すべきです。
紛争解決手続代理業務については、依頼を断ることに正当理由も必要とはなりません。
最後に
今後も士業は、ますます競争が激しくなっていくと思われます。
そして、過当競争の中で、労使紛争に携わる社会保険労務士の中から「ブラック社労士」が出現すると予想されます。
しかし、「ブラック社労士」となることは、自らを破滅の道に導くことを意味します。
過当競争の中で、生き残っていくためには、違法・不当な行為に手を染めるのではなく、自らの専門能力を向上させるしかないと思われます。
すなわち、労使紛争に携わる社会保険労務士は、労働関係諸法令に精通し、交渉や書面作成等の代理業務の経験を積み、ノウハウを身につけるという選択肢です。
今後、労使紛争に携わろうとする社会保険労務士の方に本稿が少しでもお役に立てれば幸いです。