労災事故で労働者が得た利益はどうなる?【弁護士が解説】
労災事故が発生した場合、企業は労働者から安全配慮義務違反として損害賠償請求を受けることがあります。
他方で、労働者は労災保険などから労災事故による給付を受けることもあります。こうした労働者が受け取った金員は基本的に企業に対する損害賠償請求額から控除されることになります。
労災事故と損害賠償
労働者が業務中に工場やオフィスでけがをした場合、労災事故として取り扱われます。
そして、企業が安全配慮義務に違反していると評価される場合には、労働者から企業に対して損害賠償請求を行うことができます。
そのため、労災事故が発生した場合には、企業は労働者からの損害賠償を受けるリスクがあります。
労災事故による労災保険の給付
他方で、労働者は労災事故が発生した場合、労災保険から一定の給付を受けることがあります。
主な労災保険給付は以下のものです。
- ・療養給付 → けがの治療費
- ・交通費 → けがの通院に対する交通費
- ・休業補償給付 → けがを理由に休業を余儀なくされた場合の給付
- ・障害補償給付 → けがによる後遺障害が認定された場合の給付
- ・遺族補償給付 → 労災事故により死亡した遺族に対する補償
- ・葬祭費 → 労災事故による死亡に伴う葬儀費
労災保険給付と損害賠償請求
それでは、労働者が企業に対して安全配慮義務違反による損害賠償を請求する場合に、労働者が労災保険から給付された金員、利益については、どのように取り扱われるのでしょうか?
この点、法律上「損益相殺」という考え方があります。
損益相殺とは、労災事故によって、労働者側が利益を得た場合、法律上の関係があるとして、労働者が被った損害から既払いとして控除するというものです。
したがって、労働者が労災事故によって、労災保険から給付を受けた場合には、その受けた金額については、企業に対する損害賠償から控除されることになります。
過去の裁判例でも、東京地裁八王子支部平成15年12月10日では、遺族補償前払い一時金・葬祭料が損益相殺の対象とされ、名古屋地裁平成15年8月29日では、療養補償給付・休業補償給付・障害補償一時金が損益相殺の対象とされました。
もっとも、労災保険のすべてが損益相殺の対象として控除されるわけではありません。
休業補償給付の中でも、休業補償特別給付金というものについては、労災保険が労働者の補償のために特別に支給されているもので、控除することができません。
同じく、障害補償給付のうち、特別給付金についても、休業補償の特別給付金と同じく、企業に対する損害賠償からは控除されません。
その他の給付
労災保険以外にも、障害厚生年金や遺族厚生年金といった年金も労災事故に伴って支給されることがあります。
こうした障害厚生年金や遺族厚生年金についても、労働者が受給した金額は損害賠償請求から控除されることになります。
ただし、年金については、老齢厚生年金は損益相殺の対象になりません。
また、企業側で労災保険の上積みで加入している任意労災保険から給付をされ、労働者がこれを受け取ることもあります。
任意労災については、任意という名称のとおり、企業が労災保険に加えて加入するかどうか自由に決定することができるもので、法律上加入が強制されているものではありません。
したがって、企業が加入している任意労災から労働者が受け取った金額については、損益相殺の対象として、損害賠償から控除されることになります。
労災事故が発生した場合のポイント
労災事故が発生した場合、企業としては、労働者から損害賠償請求を受ける可能性があります。
このときに押さえておくべきポイントとしては以下の点が挙げられます。
事故原因の把握
労災事故といっても、労働者に一定の落ち度があって発生したものも多くあります。
例えば、機械に手を挟んだといった労災事故の場合、動いている機械に安易に手を近づけたことが事故の原因と考えられるケースもあります。
こうした場合には、今回解説した損益相殺とは別に過失相殺が認められる可能性も出てくるため、企業の負う損害賠償請求にも大きく関係してきます。
そのため、どうして労災事故が発生したのかをしっかりと検証しておくことが必要です。
労働者が受領した額の確認
労働者から損害賠償の請求を受けた場合、上記のとおり労災保険や年金、任意保険から受領した金額については、損益相殺として賠償額から控除することになります。
したがって、企業としては、労災保険で労働者が支給を受けている内容について労働者に開示を求めるなど、受領している金額について把握するようにしなければなりません。
専門家の活用
労災事故による損害賠償請求を受けた場合、労働者と示談交渉を行う必要があります。また、交渉が不調に至った場合には労働審判や裁判といった裁判対応が必要になります。
できる限り、裁判を回避するという観点からも専門家である弁護士を活用するということを検討すべきでしょう。
弁護士がサポートすることで、労働者からの過大な請求を受けた場合も請求の妥当性などを判断してもらうことができます。
損害賠償の項目や額についてはこちらもご覧ください。
弁護士法人デイライト法律事務所 北九州オフィス所長、パートナー弁護士
所属 / 福岡県弁護士会
保有資格 / 弁護士・入国管理局申請取次者
専門領域 / 法人分野:労務問題、外国人雇用トラブル、景品表示法問題 注力業種:小売業関連 個人分野:交通事故問題
実績紹介 / 福岡県屈指の弁護士数を誇るデイライト法律事務所のパートナー弁護士であり、北九州オフィスの所長を務める。労働問題を中心に、多くの企業の顧問弁護士としてビジネスのサポートを行っている。労働問題以外には、商標や景表法をめぐる問題や顧客のクレーム対応に積極的に取り組んでいる。