安全配慮義務とは?違反時の罰則・事例・時効について弁護士が解説
安全配慮義務とは、企業側が従業員の安全や健康に配慮する義務をいいます。
安全配慮義務違反の事例としては、以下のような場合です。
- 職場に危険な場所(設備や備品)が存在しているにも関わらず、安全対策をすることがなかった結果、従業員が怪我をした
- 従業員に健康診断(年1度)を実施することをしなかった結果、従業員が心身の健康を害した
- 長時間労働の結果、従業員が精神疾患や身体疾患を発症した など
このページでは、どのような場合に安全配慮義務違反となるのか、違反した場合はどのような罰則があるのかなどについて、弁護士が詳しく解説いたします。
目次
安全配慮義務とは
安全配慮義務とは、企業が、従業員の安全や健康に配慮する義務をいいます。
企業は、従業員を使用する関係にあるため、心身の安全や健康に配慮する必要があります。
安全配慮義務違反の根拠
この安全配慮義務については、以下の法律に根拠があります。
「企業は、労働契約に伴い、従業員がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」
「事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における従業員の安全と健康を確保するようにしなければならない。また、事業者は、国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力するようにしなければならない。」
上記の規定は、それぞれ抽象的に記載されたものですので、以下、具体的に説明をしていきます。
安全配慮義務違反となるケースとは?
安全配慮義務違反となるのは、企業が、従業員の安全(心身の安全)や、従業員の健康(心身の健康)に対する配慮義務に違反した場合です。
具体的には、以下のようなケースで、安全配慮義務違反が問題になりえます。
危険な場所での作業への配慮義務違反による事故
職場に危険な場所(設備や備品)が存在しているにも関わらず、安全対策をすることがなかった結果、労働者が怪我をしたケース。
健康診断の未実施による健康被害
労働者に健康診断(年1度)を実施することをしなかった結果、労働者が心身の健康を害したケース。
長時間労働
長時間労働の結果、労働者が精神疾患や身体疾患を発症したケースや、長時間労働が常態化しているにもかかわらず、これに対する対策をしなかった結果、労働者が精神疾患や身体疾患を発症したケース。
ハラスメント
会社が適切なハラスメント予防策を講じていなかった、あるいは、発生後適切な対応をしなかった結果、従業員がメンタル不調になったケース。
パワハラ、セクハラは安全配慮義務違反になる?
昨今、耳にすることが多くなった「パワハラ」「セクハラ」により、従業員がメンタル不調になった場合であっても、企業側が安全配慮義務違反に問われる可能性があります。
では、どのような場合に安全配慮義務違反に該当するのでしょうか。
政府が発出しているガイドラインのうち、重要な部分をご紹介します。
パワハラについて
ガイドラインは、職場におけるパワーハラスメントについて、次の①から③までの要素を全て満たすものと定義しています。
- ① 優越的な関係を背景とした言動であって、
- ② 業務上必要かつ相当な範囲を越えたものにより
- ③ 従業員の就業環境が害されるもの
そして、パワハラについて、事業主に対しては、次の3つの措置を求めています。
必要な措置 | 具体例 |
---|---|
(1)事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発 | パワハラを行ってはならない方針、パワハラになる具体的な事例を文書や掲示等の形で周知をすること |
(2)相談(苦情を含む。)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備 | 相談窓口を設置するとともに、相談担当者、相談方法等を従業員に周知すること |
(3)職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応 | パワハラ行為者に対する必要な懲戒を行うとともに、配置転換等の必要な処置を講ずること |
そのため、例えば、事業主がパワハラに関する周知が不十分であった結果、パワハラが生じ、従業員がメンタル不調になったという場合(上記(1)の不備)は、安全配慮義務違反となる可能性があります。
セクハラについて
上記指針は、職場におけるセクシュアルハラスメントについて、次のように定義しています。
- ① 職場において行われる性的な言動に対する従業員の対応により、当該従業員がその労働条件につき不利益を受けるもの
- ② 当該性的な言動により、従業員の職場環境が害されるもの
そして、セクハラについて、事業主に対しては、以下の3つの措置を講ずるように求めています。
必要な措置 | 具体例 |
---|---|
(1)事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発 | セクハラを行ってはならない方針、セクハラになる具体的な事例を文書や掲示等の形で周知をすること、あるいは講習を実施するなど |
(2)相談(苦情を含む。)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備 | 相談窓口を設置するとともに、相談担当者、相談方法等を従業員に周知すること |
(3)職場におけるセクシュアルハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応 | セクハラ行為者に対する必要な懲戒を行うとともに、配置転換等の必要な処 置を講ずること |
参考:厚生労働省|事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき 措置等についての指針
そのため、例えば、事業主がセクハラに関する相談窓口を設置していなかった結果、セクハラ事案が発生し、従業員がメンタル不調になったという場合(上記(2)の不備)は、安全配慮義務違反となる可能性があります。
パワハラ、セクハラ対策不備によるリスクを避けるためには?
このように、パワハラやセクハラなどへの対応を誤ってしまうと、場合によっては安全配慮義務違反として、損害賠償等の形で企業のダメージとなり得ます。
特に昨今では、「●●ハラ」というワードが相当なマイナスイメージとして認知されるようになっているため、経済的損失のみならず、企業イメージへの損失となることも否めません。
そのため、こうした問題については適切な対策を講じることが肝要です。
しかし、中小企業については、政府が求める措置に適切に対応することは実際には難しいと考えられます。
そこで、これらの措置については、外部の専門家に相談し、必要に応じてサポートを受けるようにされると良いでしょう。
例えば、ハラスメントの相談窓口を外部の専門家(労働専門の弁護士)等に委託するなどの方法が考えられます。
安全配慮義務違反に関する事例
危険な場所での作業への配慮義務違反による事故の事例
東京地判平成23年3月28日(ウエストロー・ジャパン2011WLJPCA03288034)
自動車修理の業務に従事していた従業員が、工場の天井の梁のペンキ塗りを命じられ、高さ4メートルの高所からハシゴごと落下して負傷した事案。
作業床を設置せず、防網(ぼうもう)や安全帯の使用をしていないことから、労働安全衛生法上の定めに違反しているとし、安全配慮義務違反を認めました。
健康診断の未実施による健康被害の事例
富士保安警備事件〜東京地判平成8年3月28日判タ973号174頁〜
警備会社の68歳の従業員が勤務時間中に脳梗塞で死亡した事件につき、遺族が会社に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求等を行った事案。
会社が健康診断を実施しなかったことなどの理由から、安全配慮義務違反を認めました。
長時間労働の事例
東芝(うつ病・解雇)事件〜最判平成26年3月24日集民246号89頁〜
従業員が過重な業務によってうつ病を発症して増悪したとして、会社に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求などを行った事案。
うつ病発症以前の5ヶ月間で、休日や深夜労働を含む60時間強〜84時間強の時間外労働があったことなどの事実から安全配慮義務違反を認めました。
なお、この裁判例では、従業員が自らの精神的健康に関する一定の情報(神経科の医院への通院、その診断にかかる病名、神経症に適応のある薬剤の処方等)を上司や産業医等に申告していなかったとしても、そのことをもって過失相殺はできないと判断したことにも意義があります。
参考判例:最判平成26年3月24日集民246号89頁|最高裁ホームページ
ハラスメントの事例
ゆうちょ銀行事件〜徳島地判平成30年7月9日労判1194号49頁〜
従業員が上司からパワーハラスメントを受けて自殺をしたとして、従業員の遺族が会社に対して使用者責任と債務不履行責任(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求をした事例。
まず、使用者責任の有無については、強い口調の叱責を繰り返し、従業員を呼び捨てにするなどもしていたことを認定しつつも、叱責の内容が人格的非難に及ぶものとまではいえないことなどを理由に、業務上の指導の範囲を逸脱し、社会通念上違法なものであったとまでは認められないとして使用者責任を否定しました。
他方で安全配慮義務違反の点については、
- 従業員から赴任後数ヶ月で異動を希望して、その後も継続的に異動を希望し続けていたこと
- 従業員の体調不良や自殺願望などを把握していたこと
などから、従業員の心身に過度の負担が生じないよう異動も含めて検討すべきだったにもかかわらず、何ら対応されていないことから、会社の安全配慮義務違反は認めました。
安全配慮義務に違反した際の罰則
企業が安全配慮義務に違反した場合に、特別の罰則規定は存在しません。
しかし、この義務に違反することにより、企業は、以下のような様々なリスクを負う可能性があります。
損害賠償リスク
安全配慮義務に違反したことにより、損害賠償を請求されるリスクがあります。
企業にとっては、時に多額の賠償金を支払う可能性があります。
(特にハラスメントに関して)行政リスク
パワハラの事実が発覚した場合、勧告を受けたり、公表をされるリスクがあります。
企業のイメージ低下に伴う種々のリスク
例えば、訴訟により名前が載ってしまう、それによる企業イメージの低下は数量化が難しいかもしれませんが、相当程度のダメージを受けることもあります。
安全配慮義務違反の代償(損害賠償リスク)に関しては、以下もご参照ください。
安全配慮義務違反になるかどうかの判断基準
安全配慮義務違反となるかどうかの明確な判断基準は存在しません。
もっとも、これまでの裁判例から、以下の2つの要素が重要と考えられます。
①法令や規則に違反しているかどうか
労働基準法、労働基準法施行規則、労働安全衛生法といった労働関連の法令や規則に違反している場合は、安全配慮義務違反が認められやすい傾向にあります。
②予見可能性と結果回避可能性があるかどうか
労災事故について、具体的な事情から、会社側に予見可能性があってその発生を回避する可能性があるといえる場合に安全配慮義務違反が認められます。
例えば、従業員の職務が一般的に危険性が高いものであって防止措置が容易な場合や、以前にも同様の事故が発生していてその原因が解明できていた場合には、予見可能性や結果回避可能性が認められやすくなります。
安全配慮義務違反の時効はいつまで?
安全配慮義務違反について、従業員がいつまでも無制限に企業に対して請求をできるかというとそうではありません。
貸金や売買代金といった他の請求と同じように、時効があります。
安全配慮義務違反の根拠から、時効は、債務不履行責任の期間のルールが適用されます。
また、2020年の民法改正に伴い、時効が5年となりました(従前は、10年)。
これにより、2020年3月31日までのものについては10年、2020年4月1日以降のものについて5年という時効になります。
債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。一 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
参考:民法|e-GOV法令検索
安全配慮義務違反の根拠から、時効は、債務不履行責任の期間のルールが適用されます。
具体的には、権利を行使することができるときから10年間です。(2020年4月1日以降のものについて5年)
この期間を過ぎると、従業員側が請求をしてきても、企業側は時効により権利が消滅していると主張することができます。
「権利を行使することができるとき」というのは、簡単にいえば請求が可能なときからという意味です。
当然、事案によってこの時期は異なってきます。
具体例
令和2年3月1日、A建設現場にて従業員が作業中、上から落下してきた鉄骨に当たって死亡しました。
A建設現場では、一応ヘルメットを支給していましたが、ヘルメットの不着用が常態化しており、現場の指揮監督者もそれを黙認していました。
このような具体例では、ヘルメットの不着用を注意、指導していなかった企業に安全配慮義務違反が認められる可能性がありますが、時効の起算点は労災事故の発生した令和2年3月1日からとなり、そこから10年後の令和12年2月末までに請求しなければ、時効が完成し、請求ができなくなるリスクがでてきます。
他方で、患者によって病状進行の有無、程度、速度が多様である事例等(例:じん肺)では、いつから「権利を行使することができる」といえるかの判断が難しくなります。
「労災事故のあった日」が特定できない、あるいは、特定することが極めて困難だからです。
この点について、最高裁では、最判平成6年2月22日において、石炭鉱山で就労してじん肺症に罹患した従業員またはその遺族らが安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求をした事案で、消滅時効の起算点を「最終の行政上の決定を受けた時から進行する」と判断しました。
このように、どこから10年間なのかは事案によって異なってきますが、10年間という期間については企業としても押さえておく必要があります。
したがって、退職してからしばらく経過して、元従業員が安全配慮義務違反による損害賠償を請求してくるということも起こり得るのです。
民法改正と安全配慮義務違反の時効の影響
改正民法が2020年4月1日から施行されますが、今回の改正では債務不履行の時効についても大きくルールが変わります。
そのため、2020年3月31日までのものは、先ほどのとおり10年間なのですが、4月1日からは、5年間になります。
具体的には、安全配慮義務違反によって、従業員の身体や生命に損害が生じた場合、権利を行使することができることを知った時から5年以内であり、かつ、権利を行使することができるときから20年以内に請求しなければ、時効が成立するというルールが適用されます。
したがって、基本的には、労災事故などが発生して5年間というのが新たな時効になります。
先ほどの事例が令和2年4月3日に発生したとすると、令和7年4月2日までに請求をしなければ、時効が完成するということになります。
このように、今後実務には大きな影響が出る可能性があります。
まとめ
以上、本稿では、安全配慮義務について、違反の罰則や事例、時効などについて説明を行ってまいりました。
この違反については、経済的損失のみならず、イメージへの損失という問題もはらんでいるものといえます。
そのため、現在何らかの問題が生じている場合にはもちろんのこと、今後に備えての対策をしておきたいという場合であっても、この問題に詳しい弁護士に相談されることをお勧めします。
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