従業員がうつ病になった場合、企業に損害賠償責任がある?
従業員がメンタル不調に陥って、うつ病になった場合、労災請求だけでなく、損害賠償請求をされる可能性があります。
このとき、企業に安全配慮義務に違反する事情が認められれば、賠償責任が生じるリスクがあります。
ストレスチェックなど、日頃の労務管理が重要です。
企業の安全配慮義務
企業は雇用する従業員について、労働者の生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるように必要な配慮をすることになっています。
これは雇用契約に関するルールを定めている雇用契約法で明記されています(5条)。
こうした義務を安全配慮義務といいます。
そして、企業に課されている安全配慮義務については、身体的な健康、安全はもちろん、精神的な健康、安全についても対象と考えられています。
近年は、様々なストレスから従業員がうつ病をはじめとするメンタル不調に陥ることも増えていますが、企業はこうしたうつ病をはじめとするメンタル面についても、従業員に対して適切な措置を講じることが義務づけられているのです。
企業が安全配慮義務の一環として、法律上メンタル面に関して要求されている対応の一つとして、ストレスチェックがあります。
ストレスチェックは平成27年12月から施行されていますが、法律上義務化されているのは、50人以上の従業員を抱えている事業場です。
もっとも、50人以下の従業員の企業であっても、従業員のメンタルケアを全く対応しなくてよいわけではありません。
ストレスチェックについては、厚生労働省の作成したチェックリストなどを活用して、従業員に利用を促すなどの対応が必要です。
うつ病と労災請求
従業員が業務中にけがを負った場合、企業は労災として届出をし、従業員は労災保険から治療費などの費用を補償してもらうことになります。
それでは、うつ病といったメンタルに関する病気の場合はどうでしょうか?
この点、うつ病についても、労災の要件である業務遂行性と業務起因性が認められれば、労災が認定されることになっており、従業員がうつ病を労災として請求することは可能となっています。
もっとも、工場でけがをするといった典型的な労災と異なり、うつ病をはじめとする、こころの病については、具体的にどの要因が発症の原因であるかを特定することが非常に難しいという問題点があります。
例えば、企業の業務とは全く関係なく、プライベートの離婚問題でストレスがかかっていたり、勤務する以前からメンタル不調での通院歴があるといったケースです。
そこで、うつ病を労災として認定するかどうかについては、厚生労働省が平成11年に認定基準を策定し、その後平成23年に改正をし、現在ではこの認定基準にしたがって判断がされています。
この認定基準の要件となっている3つの要素は、以下のとおりです。
- 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
- 認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと
このうち問題となるのは、2.と3.の要件です。
2.の基準から明らかなように、原則として過去6か月の業務状況をみて、うつ病を労災と認定するかどうかを判断することになっており、心理的付加の強弱については、この基準で別途作成している別表に基づいて、「弱」、「中」、「強」を判定することになっています。
うつ病と安全配慮義務に関する裁判例
うつ病と労災認定という問題に密接に関わる問題として、従業員がうつ病を発症したことについて、企業に安全配慮義務違反が認められるケースがあるかどうかという点があります。
この問題について、いくつか裁判例を弁護士が解説します。
判例 東芝事件
この事案では、プロジェクトリーダーがうつ病を発症したという事案です。
プロジェクトリーダーだった従業員がプロジェクトの立ち上げ後の5か月間の間に75時間06分、64時間59分、64時間32分、84時間21分、60時間33分の時間外労働を行っていました。
最高裁は、この事実を踏まえ、「しばしば休日や深夜の勤務を余儀なくされていたところ、その間、当時世界最大サイズの液晶画面の製造ラインを短期間で立ち上げることを内容とする本件プロジェクトの一工程において初めてプロジェクトのリーダーになるという相応の精神的負荷を伴う職責を担う中で、業務の期限や日程を更に短縮されて業務の日程や内容につき上司から厳しい督促や指示を受ける一方で助言や援助を受けられず、上記工程の担当者を理由の説明なく減員された上、過去に経験のない異種製品の開発業務や技術支障問題の対策業務を新たに命ぜられるなどして負担を大幅に加重されたものであって、これらの一連の経緯や状況等に鑑みると、上告人の業務の負担は相当過重なものであったといえる。」として、うつ病の発症と業務関連性を認め、企業に安全配慮義務違反があると判断しました。
【最判平成26年3月24日】
この裁判では、差戻し審で6000万円近い賠償責任が企業に認められています。
判例 富士通四国システム事件
この事案では、新人社員のシステムエンジニアがうつ病を発症したという事案です。
大阪地裁は、担当していた業務がコンピュータを用いたソフトウェアの開発業務で、うつ病発症前の6か月間には、障害に対する対応をはじめ、開発した本件ソフトウェアを商品として売り出した後のメンテナンス作業を中心的に担当しており、これらの業務は、一定程度集中力を持続させる必要があるものと認められるから、その業務内容が軽易なものであったとはいえないとした上で、時間外労働時間が発症前6か月間のうち、4か月前の期間及び年末年始の休みを含む3か月前の期間を除いて、いずれも1か月当たり110時間を超えるものであったとし、勤務時間としても、午前中の遅い時間や午後に出勤し、深夜まで勤務した日が散見され、このような勤務形態は、労働時間そのものは短くても、正常な生活のリズムに支障を生じさせて、疲労を増幅させることになると考えられるとして、この状態が長期間にわたって継続していたということができるから、従業員に恒常的に業務による強度の心理的負荷がかかっていたものと判断しています。
【大阪地判平成20年5月26日】
安全配慮義務違反とされた場合の賠償責任の範囲
企業に安全配慮義務違反があったとされた場合には、損害賠償責任を負うことになりますが、その範囲はどのようになるでしょうか?
この点、労災保険で補償される治療費以外にも様々な項目について企業は賠償責任を追うことになります。
- 治療費 精神科、心療内科の費用
- 通院交通費 病院への通院にかかったガソリン代、バス代等
- 休業損害 うつ病により会社を休んだ期間の給与の補償
- 慰謝料(傷害) うつ病を発症して通院した期間に対する精神的な苦痛の慰謝料
- 慰謝料(後遺障害) うつ病を原因として後遺障害が認定された場合の慰謝料
- 逸失利益 うつ病が原因で将来的に得る収入が減少することに対しての補償
とりわけ、慰謝料については労災保険では一切支払われないため、企業が安全配慮義務違反により賠償責任を負う可能性が高くなります。
この場合、症状の程度がひどく、死亡などの重大な結果が生じた場合には慰謝料だけで数千万円の賠償責任が生じるリスクがあります。
まとめ
このように、うつ病といったメンタル不調に対しても、企業は安全配慮義務を負っており、違反した場合には損害賠償責任を負うことになります。
したがって、日頃から従業員の労務管理をおろそかにせず、長時間労働が常態化していないか、メンタル不調をきたしていないかといった点に注意を払っておくことが必要です。