出向・転籍・配転問題について
出向や転籍、配転問題に関しての説明や判例をまとめましたので、興味のある項目がございましたら、以下からご覧ください。
出向について
出向の意義については、直接定めた法律はありませんが、「従業員が雇用先の企業に在籍のまま、他の企業の事業所において相当長期間にわたって当該企業の業務に従事すること」と考えられます。
会社の出向命令の権限
会社が従業員に出向を命じるには、原則として労働者の同意が必要となります。
ただし、就業規則や労働協約に出向についての具体的な定があり、それが周知されていれば、事前に労働者の包括的な同意があるものとみなします。
そして、出向先での労働条件が明確であり、出向命令権の濫用に該当しなければ、出向命令時に労働者の個別の同意を得る必要はないと解されています(労契法14条、新日本製鐵事件 最判平15.4.18参照)。
出向についての従業員への説明と了承
上記の要件を満たせば、出向について従業員の個別の同意は不要です。
しかし、出向はこれまでと異なる会社が指揮命令権者となるため従業員にとっては重要な問題です。
したがって、会社としては、従業員に対して、出向の意義をきちんと説明し、了承を得た上で出向してもらうことが、円満な労使関係に繋がり、有効です。
また、同意書を書いてもらうにこしたことはないでしょう。出向同意書はこちらからどうぞ。
転籍について
転籍とは、これまでの雇用元企業との雇用契約を打ち切り、対象となる企業と新たな雇用契約を締結することをいいます。
転籍は、これまで社内で手掛けていた事業を別会社化して運営する場合など、組織再編、新会社設立などに伴って発生することが多くなっています。
転籍に関しての同意について
では、転籍についても、出向と同様の要件を満たせば、個別的な同意は不要でしょうか。
転籍を拒否した労働者に対する解雇が争われた事案について、判例は次のように判示しています。
判例 転籍を拒否した労働者の解雇についての裁判例
「再建途上にある企業が営業部門を分離独立させて設立した別会社への転籍命令を拒否した労働者に対する解雇が、就業規則上特段の事情のない限り、転籍には本人の同意が必要であり、本件ではいまだ右特段の事情に該当する事実は認定できない。」
【三和機材事件 東京地判平7.12.25】
転籍は、本人にとって、職務内容、待遇などの労働条件が大きく変化してしまうため、重大な影響を及ぼすことになります。
したがって、就業規則や労働協約に転籍についての規定を設けるだけではなく、従業員の個別的同意も必要と考えるべきです。
なお、この同意については、転籍の際の個別的な同意に限られるのか、それとも入社時などにおける事前の同意でもよいかが争いとなることもあります。
裁判例の中には、採用の際に転籍について説明を受けた上で明確な同意がなされ、人事体制に組み込まれて永年実施されて実質的に社内配転と異ならない状態となっている転籍に関しては、就業規則の規定によってこれを命じうるとしたものが存在します(日立精機事件 千葉地判昭56.5.25 労判372-49)。
また、学説においても、一定期間後の復帰が予定され、転籍中の待遇にも十分な配慮がなされているなどして、実質的に労働者にとっての不利益性がない場合に限って、事前の包括的同意に基づく転籍命令の有効性を認める見解が有力です(菅野和夫『労働法 第9版』449頁参照)。
転籍についての従業員への説明と同意
トラブル会費のためにも、転籍の対象者には十分に説明し、同意書を書いてもらうべきです。
転籍同意書はこちらからどうぞ。
また、転籍時の処遇については十分に注意して決定する必要があります。
さらに、転籍の場合、籍を移す本人の合意はだけでなく、新たな雇用契約を結ぶ企業の合意も必要となります。
配転問題について
配転とは、同一企業内における労働者の勤務地又は職種を変更する人事異動のことです。
そのうち、職種の変更を「配置転換」、勤務地の変更を「転勤」と呼んでいます。
長期的な雇用を予定した正規従業員については、職業能力・地位の発展や労働力の調整のために系統的で広範囲な配転が行われていくのが普通です。
では、会社の従業員に対する配転命令に制約はないのでしょうか。
判例では以下のような場合、権利の濫用であって許されないとしています(東亜ペイント事件最判昭61.7.14)。
- 配転命令について業務上の必要性がない
- 配転命令が不当な動機、目的を持ってなされている
- 従業員に対し「通常甘受すべき程度を著しく越える不利益」を負わせる
このことから、権利の濫用にならなければ、会社は配転命令をなし得ると解されます。
ただし、配転があり得ることについては、就業規則、労働協約等にに明記し、会社の配転命令権を根拠づけておく必要があります。
配転が問題となった事例
上記のとおり、「通常甘受すべき程度を著しく越える場合」でなければ配転命令は有効ですが、具体的にどのような場合が「通常甘受すべき程度を著しく越えるか」を押さえていなければ意味がありません。
単身赴任や遠隔地配転の場合
判例は、単に、単身赴任や遠隔地配転というだけでは、通常甘受すべき程度を超えないとする傾向です。
例えば、以下のような事例において、配転命令は有効と判断されています。
判例 配転命令は有効と判断された裁判例
- 婚約者との別居等を理由とする転勤拒否
【川崎重工業事件 最判平4.10.20】
- 夫婦共働の従業への転勤命令(単身赴任を余儀なくされたとして、従業員から転勤命令無効確認及び損害賠償請求がされましたが、裁判所は訴えを棄却)
【帝国臓器製薬事件 最判平11.9.17】
- 大阪支店の現地採用の女性労働者(既婚、有子)に対する東京支店への転勤命令(勤務場所の特定はなかったとして転勤命令を有効と判断)
【チェースマンハッタン銀行事件 大阪地裁平3.4.12】
- 幼児を養育していた共働きの女性労働者(東京都目黒区勤務)に対する片道約1時間40分を要する八王子事業所への転勤命令
【ケンウッド事件 最判平12.1.28】
- 研究所の機能移転に伴う北九州から千葉への転勤命令
【新日本製鐵事件 福岡高裁平13.8.21】
本人や家族の健康状態に問題がある場合
本人や家族の健康状態に問題があるにもかかわらず、漫然と配転命令を行ったような場合は無効と判断されるおそれがあります。
判例 配転命令が無効とされた裁判例
- メニエール病の従業員に対して、通勤に1時間40分以上かかる大阪支社への転勤命令
【ミクロ情報サービス事件 京都地裁平12.4.18】
- 重症のアトピー性皮膚炎の子を養育する共働き夫婦の夫に対する東京から大阪への転勤命令
【明治図書出版事件 東京地裁平14.12.27】
- 躁うつ病疑いのある長女、精神運動発達遅延の次女、体調不良の両親の面倒を見ていた従業員への転勤命令
【北海道コカコーラボトリング事件 札幌地裁平9.7.23】
上記のように、近年では、本人、家族の健康状態や介護の状況を考慮して判断されるようになっています。
これは育介法において、育児、介護を行う労働者の配置に配慮に際して使用者の配慮義務を定めたことにも反映されています(育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律26条)。
配転命令において留意すべき事項
配転命令において、会社側としては、当該命令の業務上の必要性、合理性と労働者の不利益に留意して判断すべきです。
労働者の不利益については具体的には以下の要素を検討するとよいでしょう。
- 賃金の減少、労働時間の延長
- 通勤時間の増加
- 配転後の職場で未習熟な業務への適応を要求されるなど、労働条件に密接に関連する事項についての不利益性
- 労働者自身や同居家族の健康の保持、未成熟の子弟の養育など社会生活上の不利益
【古屋港水族館事件 名古屋地裁平15.6.20】
配転に対する従業員の希望を尊重する
会社の一方的な要求ではなく、従業員の異動希望を尊重することが大切です。
例えばスタッフ部門に配置されている外向的な性格の従業員が、営業職への異動を希望することが考えられます。
このような場合、従業員の適性と希望を尊重した人事管理を行うことが個人の能力を伸ばすことができるとともに、ひいては会社にプラスとなります。
従業員の異動申請においては、申請書に詳しく記載してもらうとともに、異動理由が家族の介護等であれば、その証明資料も添付してもらうとよいでしょう。
移動申請書はこちらからどうぞ。
配転命令が労基法、均等法、育介法等の差別禁止規定・不利益取り扱い禁止規定に違反する場合、労組法の不当労働行為となる場合に無効となることはいうまでもありません。
問題となりそうな場合は労働諸法に詳しい専門家に相談しましょう。