採用内定について

執筆者
弁護士 西村裕一

弁護士法人デイライト法律事務所 北九州オフィス所長、パートナー弁護士

保有資格 / 弁護士・入国管理局申請取次者

弁護士鈴木啓太イラスト採用内定とは、企業への採用が決定し、正式に入社するまでの関係をいいます。この採用内定については、取消しの可否をめぐって問題となります。

ここでは、この問題について、詳しくご説明していきます。

 

採用内定の法的性質

内定のイメージ画像採用内定は、まだ働いているわけではありませんが、無関係とも言い切れません。両社にとって中途半端な状態であるため、その法律関係をどう捉えるかが問題となります。

採用内定の法的性質としては、大別すると、①労働契約締結過程説、②予約説、③無名契約説、④労働契約説の4つがあります。

①と②は、採用内定を労働契約締結以前の法律関係と構成するものです。

この説は、内定者の地位を不安定にするとして批判されており、これに立つ裁判例はないようです。

③は、採用内定を将来の一定の時期(入社日)に互いに何ら特別の意思表示をせずに労働契約を成立させることを内容とする無名契約と構成するものです(大日本印刷事件1審-大津地判昭47.3.29)。

④は、労働契約の成立を認めるものであり、内定者は労働者と同様に扱われるため内定者の地位は安定します。

この問題について、裁判実務では、「解約権を留保した労働契約」であるという立場がほぼ確立しています。

 

<大日本印刷事件-最判昭54.7.20、電電公社近畿電通局事件-最判昭55.5.30>

「企業による募集は、労働契約申込みの誘因であり、これに対する応募または採用試験の受験は労働者による契約の申込みである。そして、内容内定通知の発信が使用者による契約の承諾であり、これによって試用労働契約ないし見習社員契約が成立する。ただし、この契約は、始期(入社日)付きであり、かつ、解約留保権付きである。」

 

採用内定.jpgすなわち、内容内定によって労働契約は成立するものの、採用内定通知書または誓約書に記載されている、内定取消事由が生じた場合は、解約できる旨の合意が含まれており、また卒業できなかった場合も当然に解約できるものであるという法的構成です。

このような法的構成によれば、内定通知書等に記載されている取消事由に該当した場合、採用内定を取り消しても問題ないように思われます。

しかし、裁判実務上、単に内定通知書等の取消事由に該当しただけでは、取消しは困難です。

 

 

採用内定の取消し

取消権行使の限界

内容内定の法的性質は、裁判例によれば、解約権留保付労働契約です(詳しくはこちらのページをご覧ください。)

しかし、内容内定通知書ないし誓約書に記載された取消事由に該当する事実があったとしても、裁判実務上、取消権の行使には制限があります。

参考判例 大日本印刷事件-最判昭54.7.20

この判例では、以下のように判断しています。

「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られる」

 

したがって、取消権の行使は、内容内定通知書等に記載された取消事由を手がかりにするものの、最終的には、①客観的合理性と②社会通念上相当性という要件を満たす必要があります。

 

解雇権濫用法理との関係

すでに雇用関係にある労働者を解雇する場合、労働契約法により、①客観的合理性と②社会通念上相当性という要件を満たす必要があります。

 

労働契約法第十六条

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

 

これを解雇権濫用法理といい、裁判実務では企業に厳格に解釈する傾向です(なかなか解雇は認められないのが実情です。)。

では、採用内定の取消しの場合も解雇の場合と同様に考えられるでしょうか?

確かに、採用内定通知を出している以上、安易な取消しが認められるべきではありません。

しかし、内定者の場合、いまだ就労を開始しておらず、その資質、能力その他社員としての適格性の有無に関連する事項が十分に収集されていません。

この内定者と、継続的に就労して使用者との間で既に一定の信頼関係を構築している従業員とを同列に論じることはできないと考えられます。

したがって、同じ①客観的合理性と②社会通念上相当性という文言が使われていても、採用内定の取消しの場合は、解雇と比べてより緩やかに解釈すべきです。

 

 

採用内定の取消しの具体例

弁護士竹下龍之介イラストでは、具体的にどのようなケースが問題となるでしょうか。

ここではよく問題となるケースを取り上げて解説します。

 

経歴詐称

履歴書のイメージ画像採用内定通知書等に、「採用にあたり提出した書類に虚偽があったとき」は採用内定を取消す旨記載されていることはよくあります。では、履歴書等の経歴を偽っていた場合、それを理由に採用内定を取り消すことができるでしょうか?

前述したように、採用内定の取り消しは、①客観的合理性と②社会通念上相当性という要件を満たす必要があります。

そのため、「提出した書類に虚偽」という取消事由も、その文言どおりには受け入れられず、虚偽記入の内容・程度が重大なもので、それによって従業員としての不適格性あるいは不真義性が判明したことを要すると解されます。

例えば、ある経験(職歴)を買われて採用内定を出したのに、その職歴が虚偽であったような場合、採用内定の取消しは可能と思われます。

個々の事例によりますが、採用内定の取消しでお悩みの方は、労働裁判に詳しい弁護士にご相談されることをおすすめします。

 

 

悪い噂

客観的な裏付けを欠く悪い噂程度では、取消事由として不十分です。

悪い噂に関する、採用内定の取消しの参考判例をご紹介します。

 

【オプトエレクトロニクス事件-東京地判平16.6.23】

「被告が本件採用内定を取り消したのは、原告に前職のアプティ勤務時代に悪い噂があり、その噂は信用するに足り、この噂のため、被告の営業部門(第1営業部、第2営業部、新規開拓部)で原告を受け入れるところがないという点にある。当該悪い噂とは、(中略)次の5点に集約できる。第1は、原告の勤務態度、勤怠について問題がある点であり、第2は、空売りがある点であり、第3は、客先とのトラブルがある点であり、第4は、社内的に問題視されていた点であり、第5は、退職に至る経緯が不明瞭である点である。(中略)被告が本件採用内定取消しに用いた情報は、あくまで伝聞にすぎず、噂の域をでないものばかりであり、当該噂が真実であると認めるに足りる証拠は存在しないというべきである。(中略)以上によれば、本件採用内定取消しには、客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できる事由を認めるに足りる証拠が存在しないというべきである。」

 

 

経営状態の悪化

不景気のイメージ画像採用内定後、会社の業績が悪化したことを理由に採用内定を取消す場合です。

この場合、整理解雇に準じた検討が必要です。

すなわち、整理解雇では、一般には次の4要件を満たすことが必要と考えられています。

①企業が客観的に高度の経営危機にあり、解雇による人員削減が必要やむを得ないこと(人員削減の必要性)

②解雇を回避するために具体的な措置を講ずる努力が十分になされたこと(解雇回避努力)

③解雇の基準及びその適用(被解雇者の選定)が合理的であること(人選の合理性)

④人員整理の必要性と内容について労働者に対し誠実に説明を行い、かつ十分に協議して納得を得るよう努力を尽くしたこと(労働者に対する説明協議)

また、上記について、採用内定後に新たに判明した事情であることが必要となります。

 

入社前研修の拒否

入社前の研修を拒否したことを理由に、採用内定の取消しが認められるでしょうか。

入社前は、いまだ就労が開始されておらず、そもそも研修参加を義務づけることが難しいといえます。

したがって、内定者が任意に参加しなかったことを理由に採用内定を取り消すことはできないと考えられます。

なお、内定者が学業への支障を理由に参加を取りやめる旨申し出たとき、使用者はこれを免除すべき信義則上の義務があると判断した裁判例もあります(宣伝会議事件-東京地判平17.1.28)。

 

 

採用内定取消しが違法となる場合の効果

経営者のイメージイラスト採用内定取消しが違法と判断された場合、どのようになるのでしょうか。

 

賃金請求

採用内定の取消しが解雇権の濫用と判断されると、当該採用内定取消しは無効となります。

そこで、例えば、4月1日が入社日(労働契約の始期)の場合、採用内定者は同日をもって労働契約上の地位を有することとなります。

したがって、使用者に対して、同日以降の未払賃金を請求することが可能となります(民法536条2項)。

 

 

損害賠償請求の可否

会社の恣意的な採用内定の取消しがあった場合、採用内定者としては、地位確認及び未払賃金の請求に加えて、債務不履行(誠実義務違反)または不法行為(期待権侵害)に基づく損害賠償を請求することができます。

損害については、再就職のために最低限度必要な期間の賃金相当額が逸失利益として認められることも有り得ます。

 

 

会社の留意点

内定のイメージ画像このように採用内定の取り消しは決して安易にはできません。

採用内定を取り消すか否かは慎重に判断しましょう。

判断のポイントとしては、当該事実の重大性、従業員としての適格性のなさ、不誠実さ、背信性の高さ等を検討するようにしましょう。

業績の悪化を取消事由とする場合は、その程度について、月次の損益計算書や営業報告書等の客観的な資料を基に検討するようにしましょう。

また、労働問題に詳しい弁護士に相談されることをお勧めします。

採用内定通知書、承諾書の記載例についてはこちらをごらんください

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